3.決意と魔法

 3歳になる頃、1人で魔法の練習をしていたときだった。

 魔法の本が並べられている本棚に、見覚えがない紙切れを見つけた。



 -前世のわたしへ送る、カナカリスへ-


 

 この世界に来てから見たことが無かった言語、それは"日本語"だった。

 前世のわたし? 俺宛て?



 小さな紙切れに書かれていた内容はこうだ。


 -

 

 君は死ぬ、20の頃に月人つきびとによって殺される。

 これは妄言ではない。わたしが君だった前世で経験した事実、運命だ。

 だが、わたしは運命が嫌いだ。


 君もこんな運命は避けたいはずだ。


 生きろ、それだけを考えて、逃げていい。だから、死ぬな。


 -


 小さい紙切れに、汚く読みにくい文字でそう書かれていた。

 魔法で一時的に作ったものだったその紙は、数分後なんの痕跡も残さず消えた。


「なんだよ、これ。なんだったんだ」


 ここは、魔法のある世界だ。前世の常識が通じない異世界だ。

 それでも、その紙の内容は非現実的で、とても信じられる代物ではなかった。


 『逃げていい』そんな言葉を俺は望んでいない。


 だが、もし本当ならば、死ぬという運命を回避しなければならない。

 この世界でやり直すために、今度こそ幸せに過ごすために。


「決めた、備えよう」


 20で死ぬというのなら、まだ17年ある。

 俺が逃げて、俺だけが助かるなんてことは無理な話だ。


 もしかしたら、家族が死ぬかもしれない。


 やることはたった1つ。


「運命に真っ向から挑み、そして打ち勝って見せる」


 そう、俺は決意した。


 * -数週間後-


「おはようございます」

 

 子供部屋から出ると、ちょうど俺を起こしに来ていた母カノエッタが爆速で近づき抱きしめてきた。

 

「カナカリス~~~~~!!!おはよう!昨日はよく眠れた?」

 

「はい、とっても」


 俺の挨拶を愛おしく思ったのか、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「朝ご飯ができているから、一緒に食べましょ」


 そう言って、カノエッタは俺をリビングに連れていった。


「おはようカナカリス。昨日も魔法の練習してたのか?」


「はい、ただ少し気になることがあって、あとから父さんの助言を頂きたいのですが」


「それくらい可愛い息子からのお願いだ、今すぐにでも――」


 そう言って立ち上がろうとする父を止めたのは、母カノエッタだった。


「あなた、魔法の話はご飯の後にしましょうね?」


 笑顔だが目は笑っていない。彼女の圧にカンダリスも、「そ、そうだな」と座りなおす。

 俺は、あとから聞きたいと言ったのに、やはりカンダリスは俺のこととなると暴走しがちになるらしい。


 もちろん、このあとのご飯は美味しく頂きました。



「それで、父さん。ここの術式理論についてなのですが」


 朝食を食べ終えたあと、俺は『中級魔法理論』という本の疑問箇所を見せながらカンダリスに話しかけた。実は、あの紙を読んだ時から詠唱に頼らないようにするため、術式や魔方陣の本を買ってもらったのだ。ちなみに、この本は3歳の誕生日プレゼントである。

 

「ああ、これか」


 俺が助言をもらおうとしたのは、水属性中級魔法"水幕ウォーターベイル"の術式構築に重要な部分の説明だ。


「この部分の"術式"で行っているのは"変形"なんだ。"水球ウォーターボール"や"火球ファイアボール"などの攻撃魔法の術式は、具現化と放出が基本になっているんだが、防御魔法それも特殊な"水幕ウォーターベイル"となるとその基本が大きく変わってくる。とくに、水のように形がない物質で水の鎧を作ろうとすると、具現化した魔法を"放出"するのではなくて、自身の動きに合わせて常に"変形"させる必要が出てくる。当たり前だが、具現化の難易度も大きく上がる」


 そこまで言うと、カンダリスは実際に術式の構築を始めた。


「だから、この術式構築には、水の量、水の動作、と2つのイメージが必要になる。まあ、父さんは、これを使えるようになるのに10年ほどかかったから、焦らなくてもいいとは思うが」


 俺はカンダリスの言葉を聞きながら、イメージする。

 この魔法は、詠唱を使っても成功しなかった。術式を理解し、水の量、水の動作を明確にイメージして、それに合う魔力を注ぐことで発動するのだから、理解することを飛ばす詠唱魔法では扱いにくい魔法なのだろう。

 

 だが、術式の理解ができた今ならより確実に、具現化できるはずだ。鎧とまで行かずとも、構わない。参考になるのは前世のアニメやゲームで出てきた魔法使いのローブ。

 無詠唱である必要もない。まずは発動させることに、術式を構築して魔方陣を作成することに集中しろ。


「形無き自由の水よ、我を囲い、鎧となりて我を守れ」


 術式の構築の完了と共に魔方陣が浮かび上がる。あとは、イメージに合うように魔力を注ぐだけ。

 繊細に、お菓子を作るように一切の誤差が無いように――。


「"水幕ウォーターベイル"!」


 その瞬間、魔方陣から大量の水が出てきて、俺を包んだ。


「……成功?」


「ああ、成功だ。よく頑張ったな」


 カンダリスはそう言って、俺を抱きしめた。恥ずかしさはあったが、その温もりが俺を安心させる。

 今は、この懐かしい感覚を感じていたい。この守るべき家族を身近で感じていたい。


 

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