2.異世界に転生したらしい

 意識がある。

 結局、あのあと俺は助かったのだろうか。


 なら、ここは病院?


 朦朧とする意識をどうにか覚醒させると聞いたことのない言語、けれど理解できる話し声が聞こえてきた。


「息してないのか?」

 

「いえ、息はしているみたい。でも、泣いてはいないはね」


 男の声と女の声だ。

 何が起きているのか、はやく確認しないと。



 重いまぶたに力を入れると目が開く。

 暗かった視界が光に包まれ、一気に鮮明になる。


 そして、目の前に映ったのは、信じ難い光景だった。


 見覚えのない茶髪の女性と黒髪の男性、仲睦まじい夫婦のように見える二人に抱き上げられている俺。

 俺は赤ん坊だった。


 赤ん坊になっていた。


 これが新手の走馬灯であるとか、医療技術による延命措置であるとか、可能性を上げればキリがない。

 それでも、この状況を手っ取り早く説明するには『転生』が妥当だろう。


 初耳の言語が理解できる理由は分からないが……。

 

 考え込んでいると、眠気が襲ってくる。

 この体では抗えない大きな眠気……。


 そうして、俺は眠りについた。


 

 * -数ヶ月後-


 

 あれから数カ月、多くのことが分かった。


 今いる国が、カルディア魔導王国という魔法使いの地位が高い国であるということ。そして、その国の南の海岸近くの都市カールに住んでいるということ。

 西には亜人という人間とは違う種族が多く住むリア=サラシア王国が、東にはナイサリス連邦王国という古くから対立関係にある大国が、北には商業の中心と呼ばれるナルキス王国があるということ。


 俺の名前がカナカリス・トロンだとということ。

 父はカンダリス、母はカノエッタという名前で、家に訪問してくる人たちから2人が賢者と呼ばれていることも分かった。

 

 また、現代的ではない家の内装や両親2人が賢者と呼ばれていることから、この世界が異世界なのではないかと疑問に思い、歩けるようになった頃カンダリスとカノエッタの2人から微笑ましく見守られながら家を探索した。

 そんなこんなで動き回り探索していたとき、数回危ない場面があった。

 その結果として怪我をしたときがあったのだが、「癒しの光ヒーリング」とカノエッタが言うとなぜか痛みが引いて、怪我も無くなった。ちょうどそのとき、ゲームなどで見る魔方陣のようなものが見えたこともあり、魔法が存在する正真正銘『異世界』だと分かった。


 それからは魔法を使ってみたくなり、まだ1歳にもなっていないながら、父カンダリスに教えを乞うことにした。


「父さん、魔法使ってみたい」


 父さん、と呼ぶのはかなり恥ずかしかったが、名前を呼ばれたことに感動したのか、カンダリスは泣きながら喜んだ。


「よし、父さんに任せなさい」


 とまあ、とんとん拍子に話は進み、『魔法の基礎』なる本を読んでもらうことになった。

 それからというもの、カンダリスとカノエッタから指導を受けることになった俺は、すぐに魔法の訓練を始めた。


 

 * -2年後-


 魔法の授業が始まってから2年が経った。


 魔法は、術式を構築し、魔方陣を作成、そこに魔力を適切に流し込むことで発動する。

 ただ、術式構築と魔方陣作成の難易度は並ではなかった。そこで、俺が教えられたのは"詠唱"を覚えそれを行うことで、術式構築と魔方陣作成をパスすることだった。


 詠唱という技術は、遥か昔から、術式や魔方陣を解析・分解したことによって、言葉に落とし込んだものらしい。

 そしてこれを"詠唱魔法"という。


 その詠唱を教えられてから俺はひたすらに、詠唱を覚えた。

 無論、詠唱を覚えたうえで緻密な魔力操作によって適切な魔力を注ぐことができなければ、魔法は不発になるので、そこも並行して学習した。


 結果として、初級~奇跡級までの6段階ある魔法階級の初歩、初級火属性魔法”火球ファイアボール”を2か月目にして発動することができた。

 初めて魔法を使ったのもあってか、このときはカンダリスとカノエッタの2人が「私達の子は天才だ」と抱き合いながら喜んでいた。


 素直に褒められるということがあまり無かったのもあり、頬がつい緩んだのを思い出す。



 と、そんなことを2年間続けた成果として、齢2歳にして中級魔法までなら火・水・風の3属性を扱えるようになった。ただ、地・光属性は初級が辛うじて扱える程度であり、氷属性は全くと言っていいほど俺には向いていなかった。ちなみに、闇属性やそれら以外の魔法全般を指す特殊属性は、そもそも詠唱が無いこともあり、試すことができなかった。


 それでも、この成長には俺含め賢者と呼ばれる優秀な魔法使いの両親も褒めるほどなので、非常に満足している。


 

 

「カナカリスは、剣には興味あるか?」


 いつも通り魔法を練習していたとき、父カンダリスが聞いてきた。無論、ファンタジー好きとしてここは即答する。


「はい、もし扱う機会があるのでしたら、ぜひお願いしたいです」

 

「なら、6歳にでもなったときにローラを呼んで稽古つけてもらおうか」

 

「ありがとうございます!父さん」


 ローラというのは、こことは別、さらに南に向かった海の先、離島にある別荘を管理している使用人の名前らしい。

 剣といえば、カルディア魔道王国には、魔剣技という、魔法を融合した剣技があると聞いたことがある。


 となれば、今から近接戦に応用が利く魔法を覚えておく必要もあるだろうか。

 そもそも実戦で詠唱をしている暇があるのかも分からないわけだが、学院に行くまでに色々覚えておきたいことがたくさんあるな。と、期待に胸を膨らませていると「2人で何楽しそうな話をしているのかしら」とカノエッタが部屋に入ってきた。


「ああ、実はカナカリスが剣を習ってみたいと言っていてな。魔法は教えられるけど、剣は全くだからね、ローラでも呼んで稽古をつけてもらおうと思うんだが」

 

「まあ!それは名案ね」


 カノエッタは微笑みながらそう言った。

 剣を学ぶという話にそこまで喜んでくれるのかと感激していたら、カノエッタが突然俺を抱き上げてきた。


「母さん?」

 

「カナカリスは本当にすごい子だわ」

 

「え?」

 

「2歳で中級魔法を使えて、剣技も覚えたいなんて……」

 

「いや、その……」

 

「カナカリスはきっと歴史に残る偉人になるわ。私も頑張らなくちゃ」

 

「そうだな。父さんもカナカリスに負けてられないな」


 ああ、そうだった。

 あのとき、死んだとき、俺は何を思っていた。後悔して死ぬなんてこと、もう無いようにするんだ。

 今度こそ、後悔の無い人生を歩むために——。


 俺が、家族が、幸せになるために。

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