第1話 戦いの予兆

正暦1025年/共和暦22年3月4日 ローディシア共和国 首都アディレウス


 イルピア大陸の西半分を支配する大国、ローディシア共和国。『星の雨』でイルピア帝国帝都が消失した後、大陸規模で発生した内戦を経て建国されたこの国は、ベルキア帝国や連邦、スロビア帝国などからの軍事支援を背景に強大な軍事力を持ち、大陸の西半分を制圧。イルピア大陸の盟主の地位を欲しいがままにしていた。


「諸君らは、偉大なる共和国ローディシア建国の年に生を受け、今から4年前に士官学校の門戸を叩いた、この共和国へ忠誠を誓った愛国者である。諸君の使命はこの祖国を守り、絶対的な正義を以てイルピアに真の秩序を取り戻す事にある。故に諸君らは常に正義に徹しなければならない」


 共和国建国記念会館の大ホールにて、元老院議員のナドレ・ディ・オルガナ侯爵が、目前に並ぶ数百名の士官候補生を相手に弁論を振う。彼らは演説の内容の通り、ローディシアが建国宣言を行った年に生を受けた者達で、士官学校における4年間の薫陶を経て、共和国国防軍の若き新星として輝く時を心待ちにしていた。


「この場にお集まりの皆様には、戦場へ旅立つべくここに集った若人わこうど達の将来に心から祝福の声を送り、暖かくも厳しい眼を絶えず向けておいていただきたい。かつて私自身もそうであったように、軍人は他者の目によって育まれ、鍛え上げられていくものだから。最後に、この言葉を以て締めさせて頂く。我が偉大なる共和国に、天神と土師はじユレウスの導きが在らん事を」


 拍手が鳴り響き、ナドレは壇上を後にしていく。そうして席へと戻ると、一人の士官が話しかけてきた。


「中々の演説だったよ、ナドレ。流石は名家のご令嬢、といったところか」


 彼、エミリオ・ディ・バリオ空軍中佐はナドレの知己の戦闘機乗りで、建国初期の戦争にて多くの戦功を挙げてきた、エースパイロットであった。


「俺は間もなく、中央航空軍団第51連隊に配属される。最新鋭戦闘機に乗れるんだ、最高の栄誉だよ」


「お世辞はいい。私はただ、国民が求めるものを行っているだけの事だ。それよりも…」


 ナドレは貴賓席に座る男達に視線を移す。その中には国防委員長の姿もあった。


・・・


イルピア大陸中南部 トーリア共和国


 イルピア大陸南部のトーリア半島、その東半分を占めるトーリア共和国は、内戦の中で独立を果たした国の一つで、ヒルド海を挟んだ南の向こうにある国々との貿易を主な産業としていた。


 その国は、常に平和な雰囲気が漂っていた。もちろん、国防に全く無頓着という訳ではない。ヴォストキア王国より多くの装備品を輸入し、軍備の増強に充てていたからだ。

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