イルピア大陸戦争

広瀬妟子

プロローグ ある国の興り

 祖父がまだ赤ん坊だった頃、西の海の向こうには、お人よしばかりが住む国があったという。


 その国は世界を支配できる力があったにも関わらず、争いを嫌った。わざわざ法律で『戦争をしません』と公言していた程だ。むしろ商売と平和の考えを売り捌いてのんびり過ごそうとしていたそうだ。


 だから、その国は滅んだ。力を疎んだ結果、力を重んじる国に呑み込まれた。1億人もいた国民は半分が奴隷となり、王様や貴族、老人は悉く処刑された。そしてその国が持っていた技術は、全て攻め込んだ国『ベルキア』のものとなった。


 その国が滅んで50年が経ち、ベルキア帝国が大陸に生まれた。そのベルキアは『世界の守護者』を名乗り、強大な軍事力で全ての悪を撃ち滅ぼそうと考えた。だが、滅ぼした国の生き残りがそれを許さなかった。


 何故彼らは争いを捨てようとしたのか。それを証明する戦争も起きた。独占していた力はばらまかれ、悲しみが降り注いだ。その中で生まれたのが祖国ヴォストキア王国だ。


 大陸暦995年、この世界に隕石が降り注いだ『星の雨』は、イルピア大陸に大きな被害をもたらした。当時イルピア大陸を支配していた『イルピア帝国』は、大陸中央の平野に巨大な魔法陣を作り上げ、多くの隕石を撃ち落とした。だが全て撃墜出来た訳ではなく、都市そのものが吹き飛んだ場合も多かった。


 帝都が隕石で文字通り吹き飛んだあと、イルピア大陸はバラバラになった。その中で一番東にあるヴォストキア地域は、東の海を挟んだ先にある国『スロビア帝国』からの支援と、異世界より召喚された賢者の力を借りて、国力の増強に励んだ。


 俺、パウロ・フォン・ルターが生まれたのはこの頃だ。祖父はベルキアからイルピアに移住した貴族で、『星の雨』の後はヴォストキアで初代国王に仕える官僚となっていた。父もイルピア帝国軍の騎士からヴォストキア陸軍将校へと職を替え、二代に渡って新たな祖国の建設に勤しんだ。


 『星の雨』の後、世界の力と知恵の象徴は『剣と魔法』から『銃と科学』へと移り変わっていた。ベルキア帝国がイルピアの魔法陣よりも優秀な対空迎撃システムと地下シェルターで隕石の被害を免れた後、隕石でめちゃくちゃにされた国々は挙ってベルキアの庇護を求めた。ベルキアの様な豊かな暮らしを欲したからな。


 その中で、一つの国がベルキアに反旗を翻した。その国、『デーニア連邦』は手に余る力を容赦なく用い、世界はその恐ろしさに震え上がった。ベルキアとスロビアは軍縮を始め、世界は平和に向かいつつあった。


 だが、イルピア大陸とその周辺は違った。魔法中心の世界であったがために技術水準で大きく立ち遅れていたイルピアでは、せめて軍事力だけでもベルキアに追いつこうと必死になっていた。その中でもイルピア帝国の正当な後継者を名乗る『ローディシア共和国』は世界各地から軍縮で余った兵器を買い取り、軍事力を増していた。


 世界中の軍需産業は、膨大な地下資源と大勢の人手を輸出して兵器を得ようとするローディシアに市場を見出し、軍縮で焙れた兵器群を安く売り捌いた。そうして建国から僅か10年程度で強大な軍事力を手に入れたローディシアに対し、祖国ヴォストキアは賢明な方法で対抗した。


 スロビアの保護下にあったヴォストキアは、先ずは基礎国力の強化に力を入れた。そうして近代兵器を運用するのに必要な要素を12年で整え、しかる後に多くの装備を輸入した。


 特に『召喚者』の働きは目覚ましく、産業の育成に義務教育による啓蒙、そしてスロビアから輸入していた兵器のライセンス生産と、ヴォストキアが自力で防衛できる様になるための方策を整えてくれた。


 そうして建国から25年の年月が流れた。世界は平和な時間を続けていた。少なくとも、この時までは。

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