第12話 ありのままの誘惑

 賑やかな通りから少し離れた高台に、二人きり。


「ちょっと距離はありますけど、ここからだと花火、綺麗に見えるんです」

「穴場スポットですよ。昔、おばあちゃんが教えてくれて」


 穏やかに笑った後、からかうような声で言う。


「先輩、もしかして変なこと想像してました?」

「そうですか? 期待してたって、顔に書いてありますけど」


 くすっと笑い、手をぎゅっと握られる。


「今さら、見栄なんてはらなくていいです」


 唇を指でそっとなぞられる。


「ねえ、先輩」

「エチュードなんて言って先輩にアピールするの、結構緊張してたんですよ」

「……先輩は鈍いから、ああでもしないと、私の気持ちに気づいてくれないと思って」

「それにいつもと違う自分なら、積極的になれるんじゃないかって」


 ふう、と亜矢奈がゆっくり息を吐く。


「でももう、私じゃない誰かのふりをして、先輩を誘惑するのはやめます」


 覚悟を決めたような声。


「これからは私として、先輩を誘惑し続けます」

「……付き合えたんだから、もう誘惑なんてしなくていい? まったく、なにも分かってないですね先輩は」


「これからは、ずーっと好きでいてもらうために、先輩のことを誘惑し続けるんです」

「一生。死ぬまで」

「……重いですか? でも、こんなに先輩のこと好きになってくれる人なんて、他にいませんよ」


「……先輩のこと好きになる人は、私以外にもたくさんいるかもしれませんけど……」

「誰にも渡す気はないので、覚悟しておいてくださいね」


 腕を引かれ、亜矢奈にキスされる。

 そして背後から花火の音。


「見てください、先輩。花火ですよ」

「綺麗ですね」


 引き続き、花火の音。


「でも、音がうるさくて、くっつかないと話せませんね?」


 耳元に唇を寄せられ、ちゅ、と軽く耳にキスされる。


「先輩、だあいすき」


 耳元で甘く囁く。


「ふふ」

「手を叩いたってもう、終わりになんてなりませんからね?」


 唇にキスされる。


(了)

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生意気な演劇部の後輩が、エチュードと称して死ぬほど俺を誘惑してくる 八星 こはく @kohaku__08

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