第11話 部室を飛び出して

 いつもの部室ではなく、外。

 賑やかな声が聞こえる駅前。


「お待たせしました」


 そう言いながら、亜矢奈が駆け寄ってくる。


「待ちました?」

「今きたばっかり?」

「ありがとうございます、気を遣ってくれて」


 嬉しそうに笑う亜矢奈。


「……浴衣、似合ってる?」

「ありがとうございます」

「わざわざお店で着付けしてもらったんです」

「ヘアセットもですよ」


 得意げな声で喋る亜矢奈。


「そんなにしなくてもいいのに……って、先輩は相変わらず乙女心が分からないんですね」


 呆れたように亜矢奈が溜息を吐く。


「初デートなんて、気合い入れるに決まってるじゃないですか」

「先輩も、もしかしたら浴衣とか甚平とか着てくるかなって期待してたのに」


「……別に、謝らなくていいです。私服の先輩だって十分レアですし」

「それより、ほら、手」

「お祭りは、はぐれないように手を繋ぐものでしょう?」





 屋台の多い通りへ移動。

 相変わらず周囲は賑やか。


「ねえ先輩、なに食べます?」

「私が食べたいやつでいい? 先輩って、本当……」



「そういうとこ、好きです」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小声。


「……なんでもないです」

「じゃあ、あれ食べませんか。林檎飴」

「奢ってください」


「え!? いや、冗談で、本当に奢ってもらうつもりじゃ……」

「彼氏だから、って……」

「……先輩のくせに、格好つけすぎです」

「でも、ありがとうございます」


 すごく嬉しそうな声。


 林檎飴を買う。

 シャリ、シャリという咀嚼音。


「美味しいですね」

「林檎飴ってあんまり食べたことなかったんですけど、ハマりそうです」

「そういえば、この前林檎飴専門店が学校近くにオープンしたんですよ」


「林檎飴専門店なんてあるんだ……って、それだけですか?」

「今の、次のデートの誘いだって分かりません?」


 楽しそうに溜息を吐く亜矢奈。


「本当に、先輩はしょうがないですね」


「次はあれなんてどうです? ヨーヨーすくい」


 はしゃいだ声で言う。

 亜矢奈に手を引かれ、小走りでヨーヨー釣りの屋台まで移動。


「どれが欲しい? じゃあ、あれが欲しいです。黄色の」

「任せろ? なんか、先輩に言われると不安ですね」


 くすっと笑う亜矢奈。

 ヨーヨー釣りの音。


「まさか、本当にとれちゃうなんて」

「ありがとうございます。大事にしますね」


「……しぼんじゃったら嫌だな」


 小さい声でぼそっと言う。


「……しぼんだら、また違うお祭りでとってくれる?」

「もう、先輩、祭りは一年中やってるわけじゃないんですよ?」

「でも、ありがとうございます。それ、来年も行こうっていう約束ですよね?」


 幸せそうに笑い、甘えるように腕に抱き着いてくる。


「ねえ、先輩」


 耳元で囁かれる。


「そろそろ二人きりになれるとこ、行きません?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る