第23話歌羽天音⑥

“ドッ!ガシャァァァン!!”



 諦めて…絶望して…豊和君の名前が心に浮かんだ瞬間だった…。私の耳に何かが倒れるような音と割れるような音が混ざったようなそんな音が聴こえた…。



「なっ、何だっ!?」


 その音に驚いた先生が慌てて私から距離をとる。



「ふぅ…先生。それは犯罪ですよ?」


 そんな声とともに足音がこちらへと近付いて来ているのが分かった。その声はなんだか聞いた事がある声だった。


「お、おい!?お前は何をしたのか分かっているのかっ!?し、視聴覚室のドアを壊したんだぞ!?」

 

 先生の怒鳴るような声が響く。


「いやいやいや…それはこっちの台詞だと思いますよ立物先生?こんなところで素っ裸で何をしているんです?」


 私は上半身を起こし、その声の方へと視線を向ける。虚ろになって涙が溢れていた目がカッと見開いたのが自分でも分かる…。豊和君が視聴覚室のドアを蹴り飛ばして助けにきてくれたの…。


「…と…よかず君?」


 見間違える筈はない。でも…何でここに…?


「大丈夫か?歌羽さん?何もされてない?」


「っ……うん…うん…されてないよ…」


 何でここになんてどうでもいいよね…。私を助けに来てくれたんだもん…その姿はなんだか物語のヒーローみたいに私には見えた。


「いや……これはっ…う、歌羽がな?何故だか泣いていたからだなっ…!?せ、先生は話を聞いてやろうとして…」


「何が話なんです?先生がしようとした事は分かっていますよ?歌羽さんをレイプしようとしてましたよね?」


「ばばばっ、馬鹿なっ!?せ、先生がそんな卑猥な事をするわけないだろっ!?お前は何か誤解しているぞっ!?せ、先生はだなっ…その…そう!そうなんだ!う、歌羽に先生は誘われてだなっ…」


「わっ、私はっ!そ、そんな事していません!」


「う、歌羽はっ…だ、黙っていなさいっ!歌羽はきっと混乱しているんだっ!だからここは先生に任せて…」


「…先生? とりあえず言い訳は見苦しいので先生が黙って下さいね?」


「…はっ?」   


 豊和君はそう言うとその場を駆け出すと先生に向かって蹴りを放ち…


「おごっ……うっ…お、おまっ…ううっ…それは…がふっ────」



 先生が勢いよく前のめりに倒れて悶絶したところに追撃で2度目の蹴りを放つ豊和君。さ、最初に蹴った場所は…そ、そこって…男性にとって大事なところなんじゃ…


「もう終わりですよ、立物先生?」


 豊和君は先生が脱いだジャージを拾い上げるとそれで先生を縛りあげる。そして気を失っている先生に先生が履いてた下着を口に突っ込んでいるみたい…。レ、レイプされそうだった私が言うのもなんだけど…やり過ぎなんじゃあ…?



 そ、それは…まあ…ともかく…見なかった事にするとして…。 豊和君がどこかに電話した後、すまなさそうな顔をして私に近付いて来た…。


「ごめん…助けに来るのが遅くなってしまって…」


「う、ううん…そんな事ない…豊和君が来てくれなかったら…私…」


「怖かっただろ…?歌羽さんがとにかく無事で良かったよ。立てる?」


 私は差し出された豊和君の手を借りて立ち上がり──


「痛っ…」


「おっと…」


 その拍子に足に痛みが走ってしまいよろけそうになった私を抱き受け止めて助けてくれた。と、当然…そうなると私は彼の胸元に顔が埋まった形になる訳で…。


 恥ずかしいけど…不思議と心から安心出来た。


「っ!?もしかして足かどこか怪我してる?」


「…えっ?あ、うん…先生に後ろから突きとばされた時に右足を捻ったみたいで…」


「痛いだろ…ごめん…もっと早く来ていれば…」


「あのね…豊和君…そんなに謝らないで?豊和君が謝る事じゃないからね?豊和君は私を助けてくれたんだよ?ありがとう…助けてくれて…」


「ホントに…歌羽さんが無事で良かった…」


 私は無意識のうちに彼の背に腕を回し、彼の胸の中で安心して少しだけ泣いた。ホッとしたからだと思う。止まっていた涙がまた溢れてくる。彼は少し戸惑っていたものの、私の頭に優しく手をのせて…


「大丈夫だよ…もう大丈夫だから…」


 と、優しく言葉を掛けてくれながら頭を撫で続けてくれた。 私が泣き止む迄、ずっと…


 彼の胸に耳を当てていると彼の心臓の音が聞こえてくる。その鼓動は彼が作る音楽の様に優しくて…心地良くて…いつまでも聴いていたい…そう思えるような音色を奏でていた…。






 豊和君にあやしてもらっいると、暫くしてサイレンの音が聞こえてきた。その音はすぐ近くまで鳴り響いてやがて止まる。それから間もなく視聴覚室に警察の人達と他の先生達の姿が視界に入ってきた…。


 私はその瞬間…自分がどういう状況かを把握する。慌てて彼に回していた腕を離し、少しだけ距離をとる。すると豊和君は何故かブレザーを脱ぎながら近寄ってきた警察の人の一人に何かを話し始めた。


 話を終えた豊和君が私に近付いて来る。すると私の頭に流れるような動作でふわっと脱いだブレザーを被せてきた。   


 な、何だか爽やかな匂いが鼻腔をくすぐり……彼に包まれているみたいで…って、何考えてるの私!?そう考えてしまったが最後…どんどん心臓が早鐘を打ち、かぁ~~~っと顔や体が熱くなっていくのが自分でも分かった。



「俺の服じゃあ嫌かも知れないけどそれで顔を隠しててくれる?今から病院に向かうからさっ!歌羽さんだとバレない様にする為なんだけどね?それと足を怪我してるみたいだから抱えさせてもらってもいいかな?」


「あ、はい…」


 んっ?顔を隠す?抱える?誰を? 豊和君は一体何を言って…


「じゃあ、よっと!」


「…えっ?きゃっ…!?」


 まるで無重力空間を味わうようにふわっと私の体が浮かび上がる。


「俺なんかに抱きかかえられるのは嫌かも知れないけど少しの間だけ我慢してね?」


 間近に豊和君の顔が…あわわわっ!?


「ひゃい!?」


 こ、これってお姫様抱っこだよね!?わ、私お姫様抱っこされてるぅぅ!?


「お、重くにゃいでしゅかね…私っ…!?」  


 は、恥ずかしくて気の利いた事が言えないよぉ~~~!?


「ううん、軽いよ?」


「しょっ、しょうですか…」




 と、とにかく…私はまるで物語に出てくるお姫様みたいにお姫様抱っこをされて、校舎を出る事に…そして…彼が手配したと思われる車に乗り込み病院に向かったのでした…。









 


 


 

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