第19話歌羽天音②
アイドルとしての活動は信じられない程順風満帆だった。だって、そうでしょ?一度はまた最初からどこかのオーディションに挑戦しようと思っていたのに突然スカウトされて、そこからはドラマに歌にバラエティに…あまつさえ賞まで頂いた。
私をスカウトしてくれた事務所の為、私を応援してくれるファンの為、なにより自分の夢の為にももっともっと頑張らないとと心新たに誓いを立てたそんなある日の事──
「天音?ちょうど良かったわ!今連絡をしようと思ってたのよ!セカンドシングルのリリースが決まったわよ!」
私にそう伝えに来てくれたのは赤星さん。私をスカウトしてくれた女性であり、今は私のマネジャーを担当してくれている。今日は事務所に用事があったので一人で事務所を訪れていて、ちょうど帰ろうとしていたところだった。帽子を深く被り、マスクと伊達メガネを着用しているにも関わらずに私に気がついた。この格好で居る時の私は芸能人だと気付かれないんだけどね。
「ほ、ホントですかっ!?」
「ええ。ちょっと遅くなっちゃったけどね?ドラマやバラエティ、写真集の撮影やらでスケジュールがいっぱいいっぱいだったからね。本当はもっと早くセカンドシングルを出す予定だったんだけどね…」
「いえいえ、色々な所から声を掛けて下さるので忙しいですけどそれは嬉しい事なので…」
「まあ、それは天音が頑張ってるからだと思うわよ」
「いえ、まだまだです!」
「ホント…天音はアイドルの鑑みたいね?」
アイドルの鑑とか言われちゃうとなんだか恥ずかしい…。私はその恥ずかしさを誤魔化す様に口を開いた。
「そ、そんな事…ないですっ!?本当に私なんてまだまだだし…そ、そんな事よりもセカンドシングルって誰が作曲とか作詞をされたんですか?」
「ふふっ…そんなの社長に決まっているじゃないの」
「しゃ、社長がっ!?私のファーストシングルに続いてセカンドシングルも社長が担当してくれたんですかっ!?」
「落ち着いて、天音っ!?…って、そういえば天音は社長が手掛けた音楽のファンだったわね?」
「当然ですよ!私は自称ファン一号なんですよ!?」
初めてあの曲を聴いた時から私は、社長が作る音楽の虜になったと言っても過言ではない。
曲も歌詞も全てが私を惹きつけて止まないのだ…。私以外にも当然曲を作ってもらっている人達はいるけどその全員が売れている。ホント社長ってどんな人なんだろう……って──
「物凄~~~く今更なんですけど…私…社長に会っていないんですけど?普通は社長ともお会いしますよね?」
私はこの事務所に入ってからいまだに社長に会った事がない。お会いして直接お礼とか素晴らしい曲をありがとうございますとか色々言いたいんだけどなぁ…。
「ああ…まあ…普通は会うわね…ただねぇ…あの子…」
「…えっ?」
あの子…?赤星さんって確か…二十代前半だったよね…?なのに…あの子っていう言い方から想像すると…赤星さんよりも年下…?
「まあ、これは言っちゃってもいいか。社長はね、この会社唯一の男性なのよ」
「男性!?社長って男性なのっ!?男性があんなに澄んだあの曲と心に響くあんな歌詞をっ!?」
「ふふっ…驚いた?」
「そ、そりゃあ驚きますよ…。じょ、女性とばかり思ってましたから…。それにこの会社に女性しか所属してないとは思いませんでしたよ!?」
言われなかったら気が付かなかったし、知らなかった。そういえば事務所では男性の姿を見た事がなかった。それ以前に今日みたいに事務所に私が一人で来る方が珍しいから気が付かなかったというのもあるんだけどね。いつもは赤星さんの送り迎えがあるし…。
「まあ、とにかく社長が言うには変な噂が立たない様にするのと…天音の為でもあるのよ」
「わ、私の為っ!?」
「…一番の理由は天音ちゃんの以前所属していた事務所があんな事しでかしてたでしょ?それにあそこの社長って男性だったじゃない?だから気を遣ったんでしょうね…」
「ああ…なるほど…」
そっかぁ…私達の事を思って…
「まあ、もっとぶっちゃけると元々この会社は天音の為に設立したようなものなのよね」
「…へっ?」
あ、赤星さんのその言い方じゃあ…そ、その~…なんだか私の為だけに会社を作ったみたいに聞こえて瞬間胸が高鳴ってしまう…。
「天音も知ってるでしょっ?天音がこの会社に入って来た時は他に所属アイドルはいなかったでしょっ?」
「え、えっ…と…はい…」
「社長が言ってたのよね。天音をスカウトするところから始める。天音をスカウトできなかったら別の会社にするって…だからこの事務所の始まりは天音が始まりになるのよね。前事務所に天音が所属してた時からあの子はあなたを見てたんでしょうね。私が思うにあなたがあの子のファンであるように、あの子もまたあなたのファンなのよ」
「…ふぇっ!?」
「んっ?どうかした?」
「な、何でもないです…」
「あっ…もしかして…あの子に胸がときめいてるの?」
「ななな、何をっ!?」
「あら?図星みたいね?」
「そ、そんな事っ…」
「恋はいいわよ?どんどんときめきなさいな?恋をすると余計に女の子は綺麗に可愛くなるんだから!」
「…そ、そうなんですか?」
「女の子はそういうものよ!とにかくセカンドシングルのデモテープは天音に預けておくから無くさない様にね?」
「このタイミングで渡すんですかっ!?」
「ふふっ…ああ、それと…まだ明るいとはいえ気を付けて帰るのよ?タクシーを使いなさい?いいわね?この後打ち合わせが入ってなかったら送ってあげるんだけど…」
「いえいえ、大丈夫ですよ!赤星さんの言う通りにしますし!」
言いたい事を言い終えた赤星さんは足早にその場を立ち去って行った…。今日はかなり忙しいみたい…。
「…あっ…そろそろ私も家に帰らないと…」
受け取ったデモテープをいつも愛用している鞄の外側のポケットにウサギさんの布袋に入れてから大切にしまい込むと私もその場を慌てて後にして家へと帰る。
♢
「ないっ!?ないっ!?何でっ……あっ…」
家に帰ってシャワーをサッっと浴びてからデモテープを聞こうと思い、鞄のポケットを開くとそこになければいけない物が入ってなかった。デモテープが見当たらないのだ。
「…ポケットが…や…ぶけてる…」
鞄のポケットが破けている事に今頃になって気が付いた。家の前迄タクシーに乗って来たので、まずは家の中と家の外を探してみる。
「…ない…どうしよう…そうだ。タクシーの中は!?」
使ったタクシー会社に連絡して探してもらったんだけどタクシーの中にも落としていなかった。
「事務所から…タクシーを拾うまでの間に落とした…?」
私はそのままタクシーを呼んでタクシーを拾った場所に向かう事にした。
♢
「どうしよう…ないよ…大切なデモテープが…私…」
タクシーを降りてすぐに探し回った。辺りはすでに暗くなってきている。泣きそうになるのを懸命に堪らえながら尚も探していると…
「どうかしたの?」
同じ位の歳の男の子にそう声を掛けられた。
「物を落としちゃって…」
「どんなやつ?」
「ウサギのイラストが描かれている…布袋なんですけど…」
「了解。この通りで落としたっぽい?」
「…たぶん…そうだと思うんですけど…」
「そっかぁ。俺はこの通りの突き当たりから探してくるよ」
「ありがとうございます」
♢
それから程なくして男の子が戻って来た。
「もしかしてコレじゃない?」
その手にはウサギさんのイラスト入りの布袋が。私はそれを受け取り、すぐに中身を確認。良かった。デモテープも入ってる。
「こ、コレです!本当に本当にありがとうございます!」
「見つかって良かったね?」
「はい!」
「それじゃあ気を付けて帰らないと駄目だよ?」
「あ、あの、お礼を…」
「いいって!お礼が欲しくて一緒に探した訳じゃあないからね?じゃあ!」
「──まっ…て…」
男の子が私の言葉を待たずにその場を駆けて行く。私はその男の子の背から何故だか目が離せずに男の子の姿が見えなくなるまで目で追っていた…。
「…あんな優しい男の子もいるんだぁ…」
その男の子が社長だと知るのはもう少しだけ後の事だった…。
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