第12話神楽坂優花⑤

「優花っ!!!」


 

 ──そう私の名を呼ぶ声が聞こえる。気の所為なんかじゃない。そう確信した──



 次の瞬間──私を抱きかかえていた侍女の右腕の力が緩んだの。あんなに強く抱きかかえられて逃げられなかったのにスルリと簡単に私は地面へと落下したの。咄嗟に手を着くことで不格好ながらも大きな怪我をする事なくなんとか着地する事が出来た…。



 でも…私の体はずっとそれまで感じていた恐怖等のせいで震えていてうまく体が動かせなかった。だってそうでしょう?誰にも気付かれる事なく攫われそうだったのよ?だからそれも当然の事だと思える…。


 それでも…何が起こったのかを確認する為に──

 


「──痛っぁぁあいぃぃっ!?なにっ!?こ、このクソガキっ!離れなさいっ!離れろっ!痛いって言ってんでしょっ!?噛みつかないでぇっ!離れやがれっー!このクソガキッッ!!」


 視界に入ってきたのは私を抱きかかえていた侍女の右腕に、必死にしがみつき噛みついている見た事もない男の子の姿だった。男の子は私と同じ歳くらいだろうか? 噛みつかれて痛がる侍女はなんとかその男の子から逃れようとして自由な左手で男の子を力任せに殴ったり、男の子の髪の毛をブチブチと引っ張っり抜いたりしている…。


『やめて!殴んないでっ!だ、誰かあの男の子を助けてあげてよっ!?』


 それでも男の子は腕にしがみついたまま侍女から離れないし、離さなかった…。必死にしがみついて噛みついているのだ。



 当然というかようやく周りがザワツキ始めた…。男の子に噛みつかれ悲鳴をあげる女性がいる。そんな事が起こっていれば流石に周りがそれに気が付いて騒がしくなるのは当たり前なのだ。今までがおかしかっただけ…。


 …。…。 ありのままの気持ちを言えばもっと早く気付いて欲しかったんだけどね。


「お、おいっ!?あれっ…アレ見ろ!」


「こ、子供が女性に噛みついてるぞっ!?」


「悪ガキじゃないのか?」


「近頃のガキは…」


「誰か助けてあげなさいよ!」


「いや、待って!あの女性を見てよっ!子供を本気で殴ってるわっ!?」


「男の子の髪をあんなに引っ張って力任せに抜いちゃってるわよっ!?」


「やめなさいよっ!」


「事情は知らないがやめてやれよ…」


「お、おい、誰か止めろよ?」


「いや、お前がやれよ…?」


 せっかくみんなが気が付いてくれたのに誰も動こうとはしてくれない…。何も知らずに何もしてくれなかったくせに私を助けてくれた男の子を悪く言う者もいた。私は理由を知らないからだと思ったんだよね…。


 だから私は…あの勇敢な男の子みたいに…私を助けてくれた男の子を助けて欲しい一心でありったけの声で叫んだのっ!


「あの女の人は私を連れ去ろうとしたんです!私を誘拐しようとしたんですっ!あの男の子は私を助けてくれたのっ!だから…だから…誰かあの女の人を捕まえてぇぇぇぇー!それで男の子を誰か助けてよぅーっ!!!」


 私が叫んだ事により何があったのかを周りが理解した。侍女は自分が連れ去ろうとしていた事を周りに知られてしまったわけだ。 侍女はこれ以上この場に留まるのは流石にマズイと思ったのだろう。服のポケットに左手を突っ込むと何かを装着して男の子に再度殴りかかったの。


“グシャッ…ミシッ!”


 鈍い嫌な音が聞こえた…何かヒビ割れた様な音も…。


「ぅぐぁっ…」


 男の子はうめき声をあげながらしがみついてた手を離した。侍女はすぐさま駆け出してその場を離れていく…。


“ポタッ…ポタッポタッ…”


 地面に何か赤いモノが垂れ落ちているのが分かった。男の子は侍女が私を連れ去るのを諦めていないと思ったのか、フラッと倒れそうになりながらもさっきまで侍女がいた場所と私との間に壁になるように立ちはだかったの…。


 私を守るように…私にその背を向けて…私はそんな彼の背からずっと目が離せなかった…。





♢♢♢



 ここからは聞いた話。私は彼から目が離せなかったから…。侍女は駆け出した後…臨時入園口の方に向かっていたそうだ。

 

「─ふぅ…追いついた…」


「なっ!?旦那様っ!?ど…どうしてここにっ…?」


「なぁに…ここに妻と娘が遊びに来てるんだ。私がここにいてもなんらおかしくないだろ?」


「そんな…連絡は…」


「まあ、私がここにいる理由はどうでもいいさ。そんな事よりも…よくも私の娘を誘拐しようとしたな」


「ゆ、誘拐だなんて…ご、誤解で…」


「全て分かっている。金喰に雇われてるのもね?」


「何故それをっ…」


「言っただろう?全て分かっている…と。周りをみたまえ」


「くっ…くそっ!」


「やれやれ…逃がす訳ないだろう?」


「がはっ!?」



 侍女はまた駆け出そうとして、お父さんに逃げ道を塞がれたあげく倒されたそうだ。私は見ていなかったから聞いた話になるんだけどね。柔道の技で投げ飛ばしたそうよ。そして取り押さえたらしいわ。お父さんは昔、護身の為に色々と習っていたらしいしね。   

  


 そして時を同じくして…全て終わったのが分かったかの様に男の子が私に振り返り…


「もう…大丈夫だよ…優花」



 私を安心させるかの様に笑顔で私にそう言った後…男の子はその場へと倒れ込んだの…。





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