第6話 シュトゥルム(2)


 雪山から帰ってきてからチームの編成が少し変わった。亡くなったダフニスの代わりに、新しい犬が入ってきたのだ。犬の名はピロール。風を操る魔法を使う。

 しかし、コイツが中々“ヤンチャ”な奴で、初対面の時、アギロにマウントを取ろうとしてしばかれた。それからというもの、ちょくちょくアギロに突っかかっている。

 ちなみに、ピロール的には魔法が使えない私は論外だそうで、完全に舐めた態度を取っている。



 ピロールが加入して2年、国内各地で戦争が始まった。


 それまでも革命の機運は高まっていたが、何とかって貴族議員の犯罪揉み消しが火種となって、元々増税に苦しんでいた民衆が政治の腐敗にブチ切れた……らしい。詳しくは知らない。

 それに加え、そんな状態の国を隣国が放っておくハズもなく、最近国境付近ではちょっとした衝突も起きている。


 犬にも分かる位、この国は荒れていた。



 その日、私達は国境近くの街で起こった民衆の反乱を鎮圧しに、遠征していた。

 反乱が起きている街の、林道を挟んで隣の街に作戦本部が置かれた。“民衆の反乱”と言っても、魔法が使える人間は一握りだし(なお、私以外の犬達は一定の魔力を持つ犬を強制的に魔法が使えるようにした、謂わば実験動物である)使用してる武器も前時代的な物ばかりだから、鎮圧自体は容易い。

 今回も1週間足らずで基地に帰れるだろうと、皆、高を括っていた。



 街に進軍すると、そこには最新鋭の武器を携えた隣国の兵士が待ち構えていた。


 動揺するこちらに、敵の兵士達は攻撃を仕掛けてきた。すぐに街は戦場と化した。



 レオンが本部へ戦況を記した手紙を5枚、同じ内容の物を書いた。

 街は既に敵に包囲されていて、今この瞬間にも頭をぶち抜かれてもおかしくない状況だった。

 彼は震える指先で、私達犬の首元にある筒に手紙を入れると「頼んだよ」と言って、リードを外した。


 私達のチームは本部のある隣街へと駆け出した。


 攻撃魔法や砲弾の飛び交う中、ひたすら走る。

 列の先頭を走るブリッツが電撃魔法で敵を蹴散らし、殿を努めるアギロが背後からの攻撃を爆破魔法で相殺する。



 日中1日走って『もうすぐ街を出る』という所で、ブリッツの頭が吹っ飛んだ。


 見ると、路地裏の薄暗がりの中から複数、黒い人が現れた。しかし、よく見るとそれらはヒトではなく人形だった。

 人形達はぎこちない動きで手に持った杖を振ると、矢のような魔法を放ってきた。

 シュネーとアギロの魔法で、無数の矢を落とす。


「走れっ!」


 新しく列の先頭になったピロールに、アギロが叫んだ。

 ピロールは状況に怖じ気づいてしまってるのか、中々走り出さない。私は彼を抜かして走り始めた。

 私に抜かされた事で気を持ち直したのか、ピロールが「俺が先頭だぞ!」と吠えたが、無視してそのまま走った。


 人形達は林道に入っても追ってくる。しかし、そう連続して攻撃は出来ないのか、矢自体は後方を走るアギロ達で対処出来ていたし、奴等は動きも遅かったので、その内に振り切ったのだった。



 私を先頭にピロール、シュネー、アギロの順で林道を走る。

『このまま行けば朝には本部着くな』と、少し気が弛んだ瞬間、背後で爆発音がした。

 振り向くと、アギロとシュネーが倒れていた。

シュネーに至っては首が明後日の方向に曲がっている。


何が起こったか分からなかった。


 ピロールがショックで小便を漏らした。

アギロは出血し、フラフラになりながら立ち上がると「走れ!」と再び叫び、後ろに向かって歩いていった。

 私はピロールの首を咥えて無理矢理立たせた。


「行くぞ」

「でも……アギロが……」

「良いから!」


 私達はもう一度走り始めた。

背後で激しい爆発音がした。



 走りながら考える。

シュネー達を襲った爆発はあの人形達による魔法だろう。でも、あんな動きの遅い人形が私達に追い付けるだろうか。


 ピロールが急に「後ろから蹄の音がする」と言った。


……馬?


「草むらに飛び込め!」


 私は叫んで、林道の横の草むらに飛び込んだ。

 ピロールも戸惑いながら草むらに飛び込むと、間一髪爆破を免れた。


「なんだ今の……」


 ピロールが呟く。しばらく息を潜め辺りを伺っていると、馬に乗った兵士が現れた。

 なんて事はない。あの人形達で私達を始末出来なかった事に気付いた兵士が、馬に乗って追い掛けに来ただけだった。

 大方、奴があの人形を操っていた本体だろう。


 兵士は私達が先に行ったと思ったのか、馬を前に走らせようとしたが、馬は動かない。


一瞬、馬と目が合った。


馬は嘶くと、こちらに向かって歩きだした。


「走れ!」


 私はピロールに言って木々の間を走りだした。

兵士はこちらの存在に気付くと、爆破魔法を繰り出してくる。

 しかし、月明かりに乏しい林の中だ。魔法は当たらなかった。



 夜の間、私達は林の中を逃げ回った。

ドンドン隣街から離れているような気がした。


このままじゃまずい……


 空が白み始めている。朝日が昇ったら、今みたいに兵士から逃げるのは困難になるだろう。

 どうしたものかと考えていると、遠くの方に兵士が歩いているのが見えた。


 私は腹を決めた。


「私が囮になるから、ピロールはその隙に林道まで逃げなさい。」


ピロールにそう言うと、彼は「ハッ!魔法も使えない奴が何言ってんだ。」と鼻で笑った。


「ここだけの話、私は不死の体なんだ。だからここは私に任せてアンタは手紙を届けろ。良いね?」


 ピロールは黙りこくった。

私はそれを了承と捉え「あと少し朝日が昇ったら、私はアイツに向かっていく。それが合図だ。」と続けた。


「逆だろ。」


ピロールが言った。


「逆?」

「お前が本当に死なない体なら、お前が一番本部にたどり着く可能性が高いって事だろうが。」

「何を……」

「もっと噛み砕いて言わないと分からないか?」


ピロールは震えながらも、まっすぐ私の目を見て言った。


「俺はお前に賭ける。だから死に物狂いで走れ。必ず手紙を届けろ。」



 日が昇った。

ピロールは兵士に向かって走り出すと、竜巻のようなモノを体に纏い体当たりした。

兵士の体が後方に吹っ飛ぶ。


「行け!シュトゥルム!」


私は走り出した。



 再び林道に出た私はまっすぐ駆けていき、夕方に隣街に着いた。

飲まず食わず、休憩も取らず、文字通り必死に走ってきた為、本部の人間に保護された時、私は安堵から気を失った。



気付いたら、テントの中に居た。

体を起こすと、近くに居たドルータが「無理しちゃ駄目よ」と嗜めた。


「皆は……?」


そう訊ねると、ドルータは一拍置いて


「皆、勇敢に戦ったよ。」


と言った。

 その一言で彼等の安否を悟った。ショックで二の句が告げない私にドルータは


「シュトゥルム、手紙を届けてくれて有難う。アナタのお陰で領地が奪われずに済みました。」


と言って頭を下げたのだった。


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