第五章 就寝

第1話 就寝

 手際よく後片づけを済ませる蓮の制止に構わずに、アルミ皿などのごみをビニールの袋にひとまとめにするなど、甲斐甲斐しく手伝った。

 岩に腰をかけ、自分は何もしないといった傲慢ごうまんさが彼にはない。

 本当に皇帝なのか、疑いたくなる。


「片付けも済んだし、もう寝るか」

「星がきれいだ」


 ひと仕事終えたイグジストは額の汗を手の甲で拭いつつ、陶然とうぜんとして呟いた。


「君が来てからというもの、私は皇帝ではなく、ひとりの人間になった気がするよ」


 紺碧の夜空に光輝く星の瞬きに見入るイグジストの横顔を蓮は凝視する。

 皇帝は夜歩きなんてしないのだろう。

 部屋という囲いの中、庭という囲いの中でしか見たことがないに違いない。

 イグジストは夜、外にいるだけで大冒険でもしている顔だった。


「そうだな。北欧の空気は澄んでるし」


 星降る夜とは、このことだ。

 何の縛りもなくいられる今の彼には無限のダイヤのように煌めいて見えるのか。

 蓮は岩場に腰かける。隣にイグジストも腰かけた。


「君といると、自分がどれほど孤独だったのかも思い知る」


 顔を向けられ、真摯な目をして告げられる。

 

「別に俺は、いつもしていることをしただけだ」

「ありがとう」

「いや、だから大したことなんてしてないって」


 イグジストのまっすぐさに気圧されて、とっさに言葉が出てこない。

 ただ蓮は、満天の星空を見上げるだけで側にいた。

 さらさら流れる清流の音の静けさを耳にして、蓮は無言で振り仰ぐ。


 「そろそろ寝るか」


  膝に手をついて蓮が早々に立ち上がる。どうにも素直に慣れない自分がもどかしい。

  イグジストのように純粋培養された彼の前では、自分の居汚いぎたなさが身に染みる。

 

 「このテントは大人が一人入れるかどうかの大きさなんだ。だからあんたは寝袋で寝て、俺は外で寝るよ」

「外で寝る?」

「あっ、気にするな。戦場なんかで写真を撮ってた時はライフル抱えて座って寝たりしてたんだ。ここはライフルなんて必要のないおとぎの国だからな」

「それなら私が獣身になろう。ビニールシートぐらいあるだろう?」

「ああ、あるけど」

「ビニールシートで私が横になり、君は私の腕の中で眠ればいい」

「なんだか毎日あんたを寝袋代わりにしてるんだけど」


 少しだけ怖気おじけづいた蓮が上目使いのぼそりと言う。


「構わないさ。私も君を抱き枕にすると心地よい」


 

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