第2話 セーフティブランケット

 すると、アマカが扉をノックして足早に入ってきた。

 皇帝に何やら話しかけると、皇帝の眉がつと寄った。


「すまない。今日は君と一日過ごすつもりだったが政務が入った」

「だったら、そっちを優先しろよ。俺は昼寝でもしているよ」


 乗馬はスポーツというだけあり、身体のあちこち凝って悲鳴をあげている。

昼寝ができた方が、こちらとしても都合が良い。


「ありがとう」


 食事の途中で立ち上がりながら蓮に礼を言う。

 開け放った窓から心地の良い風が入り、レースのカーテンをなびかせた。

 日中でも淡い光がカーテンの影を大理石の床に落としている。

 確かに銃とは無縁の光景だ。


「それじゃ、また後で」


 バターを塗ったライ麦パンに香草のサラダにいわしの酢漬けを乗せて食べていた蓮は、片手でひらひら手を振って、公務に戻った彼に答える。

 途端に心に風が吹くようなわびしさがこみあげた。

 ここに来て以来、ずっと行動を共にしてきた彼がいなくなっただけで心もとない気持ちになる。

 オープンサンドを食べ終えた漣は炭酸水を飲み終える。

 

「ごちそうさま」


 両手を合わせて呟くと、そういえば、ご馳走様も教えないといけないとふと思う。

 そして彼がこんなにも日本を知りたがり、あらゆる面で優遇してくれるのは、自分という人間が気に入ったからなのか、それとも何としてでも妃にするための攻略なのか。

 後者だとしたら腹立たしいほど寂しくなる。

 まだ手や首や頬に残るイグジストの白銀色の毛並みと厚みが蘇る。

 蓮はキャリーケースから綿のハーフパンツとTシャツを出して着替え、寝所のベッドに乗り上げた。

 朝食の間に綺麗にベッドメイキングされた上掛けを引きはがし、くるまるが、がばりと勢いよく起き上がる。


 ベッドを下りてキャリーバッグからブランケットを取り出すとベッドに戻る。

 いつもの柔らかな肌触りが揺れる心を鎮めてくれる。

 だが、今はブランケットよりイグジストのシルキーな毛皮に包まれ眠りたい。

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