第10話 里心

 うまやに馬を返したあと、離宮に戻ると、アマカが蓮の宿泊先から荷物を取りに行ってくれていた。


「チェックアウトも致しましたし、ホテル代もお支払い致しましたので、ご安心ください」

「ありがとう」


 さらわれたせいでホテルに帰れなくなったというのに、礼を言うのはおかしな話だとは思ったが、放置されてもこちらが困る。一応気を回してくれたのだからと礼を述べた。


「君の荷物で間違いないか?」

「ああ、間違いない」


 キャリーケースとリュックがひとつだ。

 中身を開けて確かめていると、ひよこイラストのセーフティーブランケットもちゃんとある。

 もっともこんな古びたブランケットを盗むヤツなんていないだろうが。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、イグジストの不安げな眼差しと目が合った。

 荷物のせいで里心がつき、逃げ出そうとするのでは。

 そんな不安げな目の色だ。


 蓮は不穏な空気をかもすイグジストに見守られながら、リュックの奥へとしまい込んだ短銃を取り出し、中庭を囲った窓を開けた。

 近くに人がいないことを確かめてから、引き金に指をかけて発砲した。


「……君は銃を」

「もちろん日本には持ち込まないし、持ち込めない。ただし、俺が写真を撮りに行く場所によっては、銃がなければ生き延びられない。だから現地の闇市で手に入れる」


 銃にも異変は見当たらず、ホッと胸を撫でおろした。


「ここでは君が写真を撮るための銃は不必要だ」

「そうだろうな」

「蓮様。お昼のお食事は食堂室にご用意しました。荷物は私が蓮様のお部屋に運んでおきます。蓮様は殿下とともに食堂室へ」

「ありがとう」


 銃の引き金。猟奇りょうきじみた悲鳴と怒号。発破音はっぱおん。里心がつくのは母国ではなく戦場だ。

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