第7話 乗馬

 使用人から馬の手綱を引き継いだイグジストは、もう一人の使用人からも手綱をもらい受ける。


「ほら。これが君が今日乗る馬の手綱だよ。持ってごらん」


 ゆるい半円形を描いた左右の手綱は、馬銜はみという馬の頭から顔にかけて装着された馬具に連結されている。騎手が手綱を引けば、馬の向きをかえられるのはそのためだ。


 これぞ白馬といった純白の馬の美しさに見惚れた漣は、思わず前に進み出て、馬の首を撫でていた。


「仲良くなれそうかい?」

「どうだろうね。プライドは高そうだ」

「馬の資質を敏感にキャッチするのも乗馬の基本だ。乗ってみるかい?」


 手綱を離した蓮は片足をあぶみにかけてくらにまたがり、イグジストが持ってくれていた手綱を再び引き受けた。


「高い、高い」


 馬の高さに自分の身長を加えると、地上三メートル近くに頭がくる。

 

「騎手が緊張すると馬にもそれが伝わってしまう。手綱を握ったら凛として馬をコントロールすることが、馬との信頼関係に繋がっていく。だから常に頭を上げる。頭と肩口、股関節からかかとまでの重心をまっすぐに保つことを考えなさい」

「もう既に嫌がられてるんですけど」


 蓮が乗った白馬は前足で空を掻き、あきらかに漣を拒絶していた。


「大丈夫だ。私が側についている。だから余計な力は抜いて頭を進行方向にまっすぐ向けて」


 白馬の腹を撫でてあやしながらもイグジストは少しも動揺していない。

 彼が側についている。

 その言葉ほど安心感につながる言葉は見つからない。


「よし。少し慣れてきたようだ。今のように肩の力を軽く抜いて、馬と一体になることだけをイメージする」

「わかった」


 頷いた漣に微笑を向けて、イグジストも茶褐色の馬に乗り上げた。


「私が先導するからゆっくり後をついて来なさい。出発の合図は両足の鐙で馬の腹を軽く叩く」


 言いながらイグジストを乗せた馬が散策路に向かい出す。

 腹をくくった蓮も鐙で蹴ると、白馬は軽くいなないた。けれども手綱を散策路に向けると、そちらに向かって歩き出す。鞍から尻に伝わるのは「渋々」だ。

 それでもイグジストの馬に追いついた。


「乗馬においては騎乗者がリーダーだ。前後左右、どちらに向かっていいのかを手綱でしっかり伝えなければ、馬は立ち往生をしてしまう。馬の機嫌を取ることばかり考えずに、しっかりコントロールすることで、馬も騎乗者を信頼する」


 肩越しに指示するイグジストの馬は散策路に添い、右に曲がったり左を向いたり、自在に進行していった。うねりの多い散策路だが、今のところ白馬は大人しく手綱の通りに頭を向けて進んでいる。

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