第7話 もふもふ

 顔周りを覆い尽くす毛皮の肌触り。身体ごと受け止めてくれる大きな腹部。蓮は子供が親にするように、顔をこすりつけてその感触を堪能する。


「俺さ。子供の頃から寝かしつかされる時に使ってたブランケットがないと今だにダメなんだ。こんな風にふわふわしていてあったかいブランケットが喉や顔周りにないとリラックスできなくて」

「そうか」

「俺、養護施設育ちなんだよ。ヘソの尾がついた状態で玄関先に捨てられてたっていうからさ。親の顔なんてもちろん知らないし、どんな人だったのかもわからない」

「そうか」

「名前をつけてくれたのも、養護院の院長なんだ」

「そうか」

「苗字も院長の苗字だけど、出生届を出すためだけの処置って感じでさ。俺も院長の苗字を名乗っても、どうしても自分の名前だとは思えない」

「そうか」


 低い声でうなづくだけのイグジストの声の響きがセーフティブランケットになりそうだ。聞いているうちに心が鎮まり、いでくる。


「人間は、ふわふわしていて温かいものに包まれると安心できるものらしい。だからブランケットは君にとって、とても大切なものなんだな」

「……うん」

「必ず持って帰ってくる。すまないが今夜は私で代用してくれ」

「代用なんて」


 蓮はもぞりと起き上がり、もふもふの海にもう一度ダイブする。この繊細な毛皮の感触。質感やイグジストの体温、息遣いまで伝わって、なぜだか涙が出そうになる。


「俺がこんな風にもたれかかっても、あんたそれで寝られるの?」


 イグジストの腹に埋まった蓮は頭をもたげて思案気に聞く。だが、イグジストには一笑に伏された上に、もこもこした尾の先で頬や首をくすぐられ、思わず首をすくめて目を閉じた。


「安心しなさい。君は小さくて軽いから構わない」

「あんたに比べられたら人間の誰だって小さくて軽いに決まってる」

「そうか」

「そうだよ。いくら俺がチビだって」


 ぷんとすねると、ふっという微笑の息遣いが頭の上でした。

 そのうち睡魔がやってきて、蓮は目を閉じる。イグジストも大きくひと息ついて弛緩する。

 蓮はベッドの上で丸まったイグジストに覆われて、人肌の温もりの中で寝入っていた。

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