第5話 俺の荷物
蓮はそのまま寝入りかけたが、不意に飛び起き、声を上げた。
「あーっ! 俺の荷物!」
カメラは首から下げていたため、所持品としてここにあるのだが、ホテルに置いてきたキャリーバッグやリュックがない。
「どうかしたのか?」
扉が閉じられる寸前に足を止めたイグジストが戻ってきた。
「俺の荷物はどうしたんだよ! それに宿泊費だってかかるのに!」
「チェックアウトは明日にしよう」
「誰がするんだ?」
「この森は、どうしても外に出なければならない理由があり、なおかつ『森』がゆるしたのなら表にでられる。明日になったらアマカにでも言いつけよう」
「ちょっと待て」
蓮は片手で額を抑えつつ、皇帝にもう一方の手のひらを向けた。
「それなら極端に言えば、あんたにだって理由があれば表に出られる訳じゃないのかよ」
「皇帝の地位にある者が表に出ることは禁じられている」
「それで千五百年もここでずっと?」
「ああ、そうだ」
自分の宿命に抗うことなく、すべてをありのままに受け入れているかのような微笑みが、急に侘しく思えてきた。
たとえオメガの男であってもイグジストがこんなにも歓待する理由が少しだけわかった気がした。
荷物の件が一件落着したとばかりに身を翻したイグジストに、蓮は再び声を上げた。
「待ってくれよ。おれにはアレがないと眠れないんだ」
必死に嘆願しながらも、こんな夜更けにホテルに行けるはずがない。絶望的な面持ちでベッドに座り込んだ蓮の所にイグジストが戻ってきた。
「『アレ』とは?」
訊ねられたが、蓮は苦虫を嚙み潰したみたいな顔で黙り込む。
理由を答えるぐらいなら、ひと晩ぐらいは寝つけなくてもいいかとすら思ったが、眠気はピークに達している。眠りたいのに寝つけないのは拷問だ。
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