第4話 心の扉が開かれるまで 

「ほらな。俺が言った通りに着いただろう?」


 食事を済ませた蓮は、少しばかり飲みすぎた千鳥足で部屋までイグジストを連れてきた。蓮に肩をかしていたイグジストは、


「わかった、わかった。君の方向感覚は特別冴えているようだ」


 なだめてあやすかのような声音で蓮を称賛した。

 

「扉を開けろ」


 皇帝が命じると、側近が目の前の両開け扉を左右に開いた。

 イグジストは足元のおぼつかない蓮を抱き上げ、ベッドに向かう。


 どうして今夜に限ってこんなにワインを飲んだのか。危機管理がなっていないと自分で自分を戒める。だが、異国の名物を肴にして飲むワインの味は格別だった。

 そして、前を向けば、煌めくように美しい皇帝がにっこり微笑みかけてくる。

 それが妙に照れ臭くなり、ついつい酒に逃げていた。


 ベッドサイドの棚に置かれた燭台の火だけが灯る寝室でベッドに寝かされ、スプリングの揺れときしみが蓮を俄かに正気にした。

 きさきにという強迫めいた要求が脳裏にひらめき、目の前の皇帝から肘でいざって退いた。


 そんな緊迫感が伝わったのか、少しだけ口を開いたイグジストは、すぐに伏し目になって言及した。


「私は最初に言ったはずだ。君が私の妃になってもいいと思えるまでは契りを交わすことはしない。そんな風に無理やりに得た皇妃となんて、人間として歳を取るようになった余命五十年も共にできない」


 イグジストの手が顔に伸びてきて、思わず肩をすくめたが、乱れた髪を梳いて直して手を引いた。


「おやすみ」


 イグジストはベッドを下りた。


「私はいつも一人で食事をしてきたが、今日は君と一緒に食事ができて楽しかったよ」


 きびすを返した皇帝のために側近達が扉を開き、彼が部屋を出ていくと、ゆっくり優雅に扉を閉じた。

 皇妃になったら皇太子が得られるまでは三千年でも生きるのか。


 あの男は人間になれたなら余命五十年と言っていたから、現在は三十歳前後だろう。

 そして、自分は二十四のままで何千年もか?

 そんな覚悟ができるのか?


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