第二章 三千年ぶりの快挙

第1話 三千年ぶり

 食堂室は想像していたよりもずっと小振りで、蓮の予測を裏切った。


 窓際にある四人掛けの丸テーブルには白いクロスが掛けられ、三本立ての蝋燭がテーブルを赤々と照らしている。

 対面式でセットされたテーブルには中央に薔薇の花が飾られ、皿やグラス、カトラリーが清楚な艶を放っていた。

 確かに会話なんてできないような長テーブルではくつろいだ食事はできやしない。


「君も席に着くといい」


 空の席を手のひらで指し示されて、蓮は渋々席に着く。今はこの状況を理解しようというより、空腹の方が勝っていた。

 蓮が席につくと、給仕がシャンパングラスに黄金色のシャンパンを注ぎ入れた。

 イグジストは柄を持って軽く掲げると、


「三千年ぶりに妃を得た幸運に乾杯を」


 と、豪語した。


「えっ? あんたって歳は三千年なの?」

「ああ、そうだ。正確に言えば三千百二十六歳だ。私は妃を得て、産まれた皇位継承者が十八歳で成人し、その皇太子が帝位に着くまで私の容貌は三千珀二十六歳で止まったままだ」

「三千年も生きてきたって、マジで暇すぎ。退屈だったろ」

「ああ、そうだ。外敵に襲われる心配もない皇帝の政務など形骸化けいがいかして、ただ判を押せばいいだけになっている。私は自分の命がいつまで続くのかをずっと危ぶんで生きてきた。これで妃を得た私の皇位継承者が成人して帝位につけば、私は君たちと同じように歳を取り始め、やがて死ぬ」


 イグジストにつられて柄を持った蓮のグラスに軽くグラスを当て、イグジストはグラスを傾けた。


「私もようやく三千年もの暇と退屈から解放される時がきた」

「ちょっと待て。俺はあんたの妃になるなんて言ってねえし。新しいおもちゃを手に入れたみたいな言い方されたら困るんだけど」


 シャンパンには口をつけずにテーブルに置き直し、湊は前のめりに否定した。すると、イグジストがすこしだけ眉を下げ、悲し気にシャンパングラスをテーブルに置く。

 これではいじめっ子といじめられっ子の構図のようだと、蓮は少しだけ反省した。

 この男はここでの生活と皇位継承のルールを説明しているだけなのに。


「だけど、あんたは『森』とかいうヤツが選んだ相手なら誰でもいいのか?」

「誰でもいいとは言っていない。ただ、寄り添う努力はするつもりだ」

「じゃあ、あんたがそんなに喜んでるのは俺が妃として結界を超えて、継承者を産んでくれると思っているからなんだよな?」

「もちろんだ」


 何ひとつ曇りのない目で見つめられ、湊は大きくのけ反った。

 この男は狂っている。

 アルファやオメガの美男が妃になるというのなら納得いくが、カースト制度最下層のオメガで、これといって特徴のない成人男性を妃にすることを、こんなにも喜んで笑っていられる。

 狂っている。

 やはり相手は誰でも良かったとしか思えない。


 二人で育てた皇位継承者さえ帝位につけば、肩の荷がすべて下りると言わんばかりだ。

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