第9話 離宮

 程なく側近を伴った皇帝が前方から歩いて来た。


「陛下。すべてが整い次第、迎えに参じましたのに」

「すまない。そろそろ夕食の支度も仕上がる頃合いだ。彼の支度も済んでいたのか?」


 待ちきれずに迎えに来たといった風体の皇帝が微笑んだ。

 そういうイグジストはブラックスーツに着替え、白銀のネクタイを締めている。身体に厚みがあるせいか、パリコレのランウェイを歩いていても全く遜色そんしょくのない出で立ちで。

 もっとも美形揃いのアルファとオメガの自分を比べるなんてと、胸の中で失笑した。

 高貴な地位にある者は、食事のたびに服を着替えるようなのだが、皇帝もその慣習に準じている。


「この離宮はしばらくの間、君の住居にするつもりだ。王宮よりも仰々しくなく、くつろげるはずだからな」

「ここは離宮だったのか?」


 頓狂とんきょうな声を張り上げた漣に、イグジストは肩越しに振り向いた。


「ああ、そうだ。時間のある時には私が本を読みに来たり、楽器を奏でたりする離宮のひとつだ」 

「こんなに豪華なのに王宮じゃない?」

「だから、さっきからそう言っている」


 大理石の床を蹴る革の靴の皇室な音が高い天井まで響いている。思わず見上げた天井にも、色彩豊かな神々や女神や天使が描かれている。雫型のシャンデリアには既に明かりが灯っていた。


「さあ、着いた。ここがこの離宮の食堂室だ。君も気が向いたら散策して邸内を覚えておくといい」


 案内された両開け扉のノッカーを側近に開けさせながら皇帝が言う。


「あっ、俺。方向音痴じゃないから全然平気」

「本当に? 離宮と言えども相当広いぞ?」

「疑うんなら帰りに同行すればいい。写真家なんて自分がどこから来てどこにいるのか常に把握しとかなきゃ、知らない街歩きだってできやしない。ましてや標識もない森の中には入れない」


 今回、目印にした布きれは念のため。

 少しだけ話を盛った蓮は自分に言い訳をする。

 

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