第8話 格差

 蓮が海綿体かいめんたいのスポンジに石鹸をこすりつけ、隅々まで身体を洗うと、真っ白だったスポンジが薄茶色にまで汚れて染まる。

 この『森』に入ってからは、写真を撮って回り、日が暮れてからは川岸でのキャンプで腹を満たし、そのまま寝袋で寝入ってしまう日々が度々続いた。

 北欧といっても夏場になれば、湖や海で泳げる程度に気温が上がる。

 寝袋で寝入る前に体力があれば、目の前の川に入って水浴びをした。


 こんな不衛生で大雑把なオメガの自分が目がくらむような宮殿に住まう皇帝のきさきになるなんて。

 蓮は思わず嘲笑した。


 もう一度湯に入り直してから湯を上がり、脱衣所まで行く。

 タオルで身体を拭いていると、シェルフには真新しい下着や色違いの紺のポロシャツ、プレスのかかったチノパンが折り畳まれて置かれていた。

 この宮殿には代えのポロシャツやチノパンもあるのだろうか。

 脱衣所を出た蓮は所在なく立っていた。


「蓮様」


 先ほどの側近が小走りに駆けてきた。


「ねえ、あんたの名前は?」

「私でございますか? 私はアマカと申します」

「苗字はないの?」

「苗字は神聖なる皇帝のみが名乗ることを許されます」


 タオルを首に巻いた蓮は「ふーん」と気のない素振りで頷いた。ドライヤーがないため、髪は自然乾燥だ。暑くもなければ寒くもないから苦痛でもない。


「それでは食堂室までご案内いたします」


 さあ、と手のひらを向けられたのは向かって左だ。

 アマカに従い、廊下を進むと、すれ違う使用人にハッとした顔をされ、深く頭を下げられる。

 妃の話は既に王宮に知れ渡っているらしい。

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