第5話 審判

「生まれたのが女だったらどうすんだよ」

「この国では第一子の男子に皇位継承権がもたらされます。女であれば内親王殿下となり、いづれはしかるべき相手と結婚をして皇室を離れて頂くことになりますが」

「冗談じゃない! 何言ってんだ、さっきから!」


 声を荒げた蓮は握りしめていたカーテンを乱暴に手放した。


「こんな絵にかいたような宮殿で、イグジスト皇帝とかいう変な男とつがいになって子供を産めだって? そんなこと俺に何の義理があるんだよ」

「あなたは『森』の許しを得て結界を破り、今こうしてここにいらっしゃいます。外の世界に行くためには『森』の許可が必要です。ですが、ここまでのあなたの言動を見る限り、あなたを表に出すのは危険と判断されるでしょう」

「じゃあ、何か? 俺はこのままここにいるしかないってことか?」

「さようでございます」

「だったら、あんたらの帝国にもオメガはいくらでもいるだろう? こんな宮殿で最上級の生活を約束されているんなら」

「いいえ。人間が外界から内に入るには『森』の審判が必要です。伝説の宮殿で贅沢を目的にしてやってくるようなやからを『森』は決して選びません」

「つまり、贅沢よりも外の世界に出せとわめいた俺は合格だって言うのかよ」

「そのようでございます」

「蓮とやら」


 出入口付近で立っていた皇帝は、ドアを背にして前に出た。湊は思わず後ずさる。

 

「いますぐに、どうこうしろというのではない。ここでの生活にも慣れ、私とつがいになってもいいと思うまで私は待とう」


 この時、湊は初めて彼を間近に見た。

 長身で手足が長く、顔が小さい。秀でた額から高い鼻梁、顎にかけての稜線が美しく、肌の色は薔薇の花びらを浮かべたミルクか何かのようだった。

 たとえアルファだろうと、これほど造作の整ったアルファに求婚されれば一も二もなく快諾するにちがいない。


「ちょっと待った」


 蓮は眉間に刻まれた深い皺を一層深くして問いかけた。


「あんた等、皇帝は人間と交わることで精気を得るとか言ってたな?」

「さようでございます」

「それじゃあ、あんた達は人間じゃないのかよ」

「はい。私どもは人間ではございません。半獣半人でございます。ちなみにですが、私はハリネズミに変化へんげ致します」

「あんたを怒らせたら痛そうだ」


 もうこうなったらポエムだ、ポエム。

 伝説の国にはさまざまな獣に変化できる民族らしい。

 このちんまりとした小男がハリネズミになった姿も見てみたい。


「じゃあ、皇帝陛下は何になるわけ?」

「白い毛皮の狼でございます」

「こっちも怒らせない方がよさそうだ」


 伝説の国はまるで動物園のようだった。

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