第4話 伴侶

「お目覚めですか?」


 スリーピースの鼠色ねずいろのスーツに無地の銀色のネクタイをまとった小男に声をかけられ、固まった。彼の後ろからは、濃紺のスリーピースに薄青色と黄色のストライプのネクタイを締め、白いポケットチーフを差した長身の男が入ってきた。


 良かった。服装は現代だ。

 これで首にフリルがたくさんついたブラウスに軍服の上着、白いタイツに黒の軍靴ぐんか、巻き髪の白いかつらといった、中世ヨーロッパ風の男が二人で入ってきたなら悲鳴を上げていただろう。


「驚かせてすまない。君の名前は?」


 長身の男の心底案じているような表情に、蓮は挑発的な声音で答える。


五十崎漣いそざきれんだ」

「私はイグジスト・バウラウス十五世。ここは北欧の『森』の中にだけ存在するバウラス帝国で、私はその十五代皇帝にあたる」

「はあ? 皇帝だあ?」


 この国は一国として統治され、他国の存在などあるはずがない。


「ここは伝説として北欧に伝え続けられているバウラウス帝国です。あなた様は『森』の許しを得て結界を超えた御方でございます」

「超えたからどうだって言うんだよ」

「イグジスト・バウラウス十五世の伴侶になって頂きます」

「伴侶!?」

 

 地図にないのに巨大な宮殿。

 ここはどこだと思ったら、宮殿の主らしき長身の男と結婚しろと言い出された。

 大声で語尾を裏返した蓮は側近らしき小男の話を聞けば聞くほど、うさん臭くなっていた。

 何から信じていいのかもわからない。

 小男の言うことを受け入れていいのかすらもわからない。

 

「なんだよ皇帝の伴侶って! 俺はどこからどう見ても男だろうが」

「この国の皇帝の妃は女性ではなく代々男性のオメガです」


 見た目でオメガと言い当てられて、蓮は一瞬ひるんだが、藪睨やぶにらみに睨みつけた。


「どうしてオメガの男なんだよ」

「階級の最底辺で生きざるを得ないオメガの生命力を、皇帝が得るための手段です」

「ふざけんな」


 蓮は唇を歪めながら言い返した。


「あんた達が言うのは吸血鬼と同じじゃねえか。なんで俺が精気盗まれなくっちゃならねぇんだよ」

「おそらく豪胆な御方だからでしょうね。『森』によって選ばれた方はこれまでも皆様勇ましいだけでなく、お美しかった方ばかりだと聞いております」


 小男は漣の顔をまじまじと見る。

 男にしては三角に尖った小さな顔に目尻の吊り上がった藪睨みの双眸、すっと通った細くて高い鼻梁や細い唇も女のようで、顔にはコンプレックスを持っていた。

 だから、綺麗だ、美しい、イケメンと称されるのは不愉快以外の何物でもない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る