第15話 変わった



 図書館を出ると、八月の日差しはかなりきつく、守も外へ出るなり苦しげな顔になった。


「暑いな」

「本当だね」


 暁生が頷くと、


「お、やっと声が聞けた」


 と、にやにやした。


「近くにいつも利用しているカフェがあるんだ。俺、図書館で借りた本をそこで読むのが好きでさ」


 そう言いながら歩きだす。暁生は急いでついて行った。図書館から五分ほどした場所に『カフェ・NOMORI』という看板が見えた。


「ドイツのパンを作っていて、ランチもあるんだ」

「へえ……」


 こんなおしゃれなお店に行くことはあまりない。

 中に入ると、テーブル席が5つあり。窓際に案内された。

 昼食は家で食べるつもりだったが、守に勧められて、少し早目のランチを食べることにした。

 二人は、店のお勧め、サンドイッチセットを頼んだ。


 ボリュームたっぷりのサンドイッチとサラダにスープ。100パーセントのリンゴジュースに、デザートまで付いているお得なランチだ。

 若い夫婦でやっているらしく、妊娠しているのだろうか、お腹がだいぶ大きな奥さんらしき人がランチを運んできた。


「ゆっくりしていってくださいね」


 笑顔が優しく、店の穏やかな雰囲気にあっていた。

 守も同じものを注文して、まずは食事を始めた。

 サンドイッチは新鮮なレタスにゆで卵、ベーコン、トマトがドイツパンで挟んであった。パンがふっくらして柔らかくとてもおいしい。暁生は、ゆで卵が好きだったので、すぐに気に入ってしまった。


 しゃべるのも忘れて食べる。

 一息ついて顔を上げると、守がにこにこしながら見ていた。


「あ、ごめん」


 夢中になっていたのが恥ずかしい。


「謝るなよ」


 守が言った。


「すごくうれしいよ。暁生とここでランチができるなんて夢にも思わなかったから」

「そうか?」


 暁生は、リンゴジュースを飲んだ。冷たいリンゴジュースが喉を潤す。


「おいしいね、ここのパン」

「だろ?」


 守はずっと笑っている。


「図書館にはよく来るのか?」


 尋ねると、うん、という返事があった。


「僕もよく来るんだけど、会ったのは初めてだね」

「そうだな。本当、驚いたよ。まさか、知っている顔に会えるなんて思わないよな」


 守は、ホットコーヒーを飲んだ。


「今は何をしているんだ?」

「大学を卒業してからずっと、同じ会社で事務をしているんだ」

「へえ、事務か。俺は営業だよ」


 確かに、守はよく日焼けしているように見えた。


「大変だね」

「うん。まあ、話を聞いてもらえたり売れたりした時はうれしいけど、なかなか、ね」


 守は苦笑したが、きっと性に合っているのだろう。会社の話をする時の顔は穏やかでストレスはあまりなさそうだった。

 お互い、高校時代の話はほとんどしないで、好きな作家の話題を時間を忘れて話した。

 話つくした頃、そろそろ帰ろうか、と守が言った。


「今日は誘ってくれてありがとう」


 暁生がお礼を言うと、連絡先を教えてくれないか、と言われた。

 断るのもおかしいので、携帯電話の番号を教えた。


「今度は、飲みに行こうぜ」


 守が言って、二人は駅で別れた。

 暁生は、守の姿が見えなくなると、ため息をついた。


 ――びっくりした。


 守の前では平静を装っていたが、内心、どうして声をかけられたのか、頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 

 本が好きな者同士仲良くなって、三年生の時、守に好きだと告白された。

 暁生は、中学生の頃から男子が好きだという自覚があったので、当然、仲良くしてくれた守のことは誰よりも大好きだった。


 告白されて有頂天になり、当然、承諾した。

 付き合いは順調だったと思う。

 それが、受験が終わって大学が決まったとたん、学校へ行く日が減り、守とも連絡がつかない日々が続いた。

 気がつけば、携帯電話も繋がらなくなり、連絡先も分からなくて、自然消滅という形で別れた。


 自分は何か嫌われるようなことをしただろうか。

 受験中はなるべく会うのを控え、進学はできたが、きっと、彼はそれを考えて自然消滅という形を取ったのだと思う。

 守に対して少しの間、心残りはあったが、会社勤めを始めて数年たってからは思い出すことはほとんどなかった。


 それに今は、暁生には恋人と呼べる人がいた。

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