第6話 クリームパスタ



 桜子は、じいっと暁生を見て言った。


「春臣は言い出せないんだと思う」

「あのさ、さっきからちぐはぐだよ、僕たちの会話」


 桜子は何も言い返さなかった。


「話を変えてもいいかな」

「不本意だけど、どうぞ」

「呼び出した理由は何?」

「ああ、それね。昨日、わたしは驚いたのよ。まさか、弟が男と付き合っているなんて思いもしなかったし、もし、何か間違いがあったら大変だからと思って、その確認」

「妄想だよ。全部、桜子の妄想」


 クリームパスタは特にうまいとは思わなかったが、すきっ腹にはすいすい入っていく。


「お腹すいていたの?」

「うん」

「あんたも気にしていたのね。そうよね、わたしから連絡があったら、春臣のことだと思うわよね」


 暁生はパスタをぺろりと食べ終えてしまい、水を飲みほした。


「念のため、言っておくけどね、普通の男の人は女の人を好きになるものだよ。みんながゲイなわけじゃない」

「あんたは特別なんだ」

「まあね」

「もったいないわよね、あんたみたいなきれいな男、そうそういないのに男しか好きになれないなんて」

「僕のことはいい。春臣は普通の男なんだから、僕を好きになるはずがない」

「決めつけるの?」

「決めつけるんじゃなくて、一般論を言っているんだ」

「わたしもあんたも特別」


 ふふふと桜子が笑った。


「分かった。ごめんね、わたし勘違いしていたんだね。春臣とあんたはただの友だちだったんだね」


 棒読みにも聞こえるが、あえて突っ込まず頷いた。


「改めて考えるとおかしいよね。どうして春臣は僕の家に来るのかな」

「さあね。興味があるんじゃない」

「興味って?」

「春臣に聞かないと分からないけど。さて、もう帰るわ」


 暁生は腕時計を見た。時刻は八時半を過ぎている。


「送ろうか」

「いい。恋人に誤解されたくないし、そんなに遅い時間じゃないから」


 桜子はそう言うと店を出て行った。

 残された暁生は外を眺めた。信号待ちの人たちは、みんな疲れた顔をして見える。


 あくびをしてぼんやりした顔、急いで横断しようと信号ばかり見ている人。旅行ケースを持って辺りをきょろきょろしている男。スカートの裾を気にしている女性。バッグを抱きしめるように抱える中年女性。自転車から下りて待っているサラリーマン。


 この中に同性愛者は何人くらいいるだろう。

 きっと、一人もいない。


 その時、テーブルに置いてある携帯電話が静かに振動した。見ると、メールが届いていた。


 宛名は春臣からだった。


『今、どこにいますか?』

 

 とある。暁生は一瞬、それを見つめてから、


『今日は残業』


 と嘘をついた。すると、しばらくして、


『合鍵を使わせてもらいます』


 と、返事がきた。

 春臣は部屋の前にいるのかもしれない。

 そう思うと、いてもたってもいられず店を出た。



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