第5話 呼び出し



 春臣が泊った翌日、高木桜子から連絡があった。

 仕事が終わってから喫茶店で待ち合わせをした。桜子は先に店に入っており、暁生を一瞥すると、早く坐れと目で合図してきた。彼女は膝丈までの紺色のスカートに淡いオレンジ色のカーディガンを羽織っていた


「久しぶりだね」


 挨拶をしたが、桜子は無言だ。


「何か怒ってる?」


 テーブルには飲み終えたコーヒーが置いてある。

 桜子はため息をついた。


「あなた、春臣といつから付き合っていたの?」

「え?」

「え、じゃない。いつから付き合っていたの?」

「ちょっと待って、付き合うってどういう意味?」

「そういう意味よ」

「待ってよ、僕には何がなんだか」


 はっきりと物を言う女性である事は理解していたが、物事には順序があると伝えたい。

 暁生はこめかみを押さえた後、静かに息をついた。


「僕と春臣が付き合っているって思うのは、もしかして、夕べ、春臣が泊まったから?」

「そうよ」

「……。ねえ、春臣が僕の部屋に泊ったって、どうして知ったんだ?」

「あの子が昨日電話で言ったからよ」

「桜子に言ったのか……」


 暁生は少し呆れて言った。


「言ったの。今夜は暁生さんの家に泊るからって」

「確かに泊めたけど、電車が止まったからだよ」

「付き合っているんじゃないの?」

「どうして泊めたくらいで付き合うんだ」

「恋人なら泊まるでしょ」

「ちょっとおかしいよ、その解釈」

「付き合ってないの?」

「付き合ってない」


 即答すると、桜子は目を見開いた。


「わたしの勘違い?」

「うん。春臣は、僕の部屋に来て宿題をして帰るだけだ」

「宿題? 何それ……」


 桜子の拍子抜けした声を聞きながら、暁生は外を眺めた。

 信号待ちの人々が見えた。横断歩道が青になると、人々がいっせいにやや早足に歩き出す。誰にも迷惑をかけないようにという風に歩いて行く。


 仕事の後だったので、お腹が空いていた。何か食べるかと訊ねると、桜子は首を横に振った。

 暁生はパスタを注文しにレジへ向かった。

 パスタを持って戻ると、桜子がじっとこちらの顔を見つめている。


「わたしの勘違いなんかじゃない。あの子はあんたが好きなのよ」


 好きという単語を聞いて、どきりとする。しかし、悟られないようにパスタをフォークに絡めた。


「勘違いだと思うけど」


 暁生は言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る