第4話 寝不足



 夕飯をすませ、先にシャワーを浴びるように言った。その間、暁生はシーツを新しいのに交換した。

 濡れた髪のまま、春臣が風呂場から出てきた。パジャマは少し小さかったようで足首が見えた。


「先に寝てていいから」


 髪を拭いている春臣に声をかけて、自分もお風呂に入った。

 熱いお湯が冷えた体を温めてくれる。目を閉じて春臣の顔を思い浮かべた。

 しばらくお湯につかってから出た。

 部屋に戻ると春臣は机に宿題を広げて勉強していた。邪魔したら悪いと思い、ベッドに座って髪を乾かした。

 春臣はちらりとこちらを見たが、もくもくと勉強を続けている。壁時計は午後九時半を過ぎていた。寝るにはまだ早い時間だった。


「いつも何時に眠るんですか?」

「気が向いたら」

「何ですか、それ」


 くすっと笑ってこちらを向く。


「君はベッドで寝て、僕は床で寝るから」


 シャープペンの音が止まる。


「俺が床で眠ります」

「いいよ。気にしないで」

「暁生さんはいつも気にするな、ですね。気にします。俺が押しかけたんだから、床で寝ます」


 真剣な顔で暁生が言った。

 ベッドはシングルで男二人が眠るには狭い。言い合いをしても、春臣は床で寝る気がした。


「じゃあ、僕は壁側を向いて寝るから、春臣はこっち向いて眠れ。落ちても知らないけど」


 春臣は目をぱちぱちさせると、黙って頷いた。

 寝るには早いが、宿題をしている男の前でテレビを見るわけにはいかないし、早めに横になることにした。

 暁生が横になると、しばらくシャーペンの芯を擦る音がしていた。


「暁生さん、眠ったんですか?」

「起きてるよ」

「眠いんですか?」

「そうでもない」

「テレビ見ますか?」

「見ないよ」


 一瞬、音が止む。そして、ごそごそと片づけの音がした。


「……俺も寝ます」


 電気が消えて、隣に春臣が入ってくる気配がした。背中にぬくもりを感じる。


「暁生さんの背中、硬いんだね」

「何だそれ」


 どういう意味だ。誰かと比べているのか。


「みんな同じだろ」


 春臣の背中は温かかった。

 もぞもぞと背中が動いている。

 

 もう寝るよ。


 声をかけて目を閉じた。しかし、背中の熱を感じて眠れない。

 春臣は眠ったのだろうか。動いているのが分かる。

 僕はきっと、一睡もできない。 

 それは、春臣を泊めると決めた瞬間から分かっていたことだった。



 暁生は、朝、目覚ましが鳴る前に体を起こした。春臣は眠っているようだ。背中のぬくもりを夜中、ずっと感じていた。

 二人とも寝返りも打たず、横向きで寝た。

 春臣は眠れただろうか。

 暁生は、彼の顔をのぞき込もうとしてやめた。起こさないようにそっと布団を出て、朝食の準備をする。

 トーストにコーヒーの簡単な食事だ。

 コーヒーの香りが部屋の中を充満した頃、ようやく春臣が目を覚ました。

 二人で朝食を食べて、一緒に駅まで歩いた。

 他愛のない話をして駅で別れた。


 こころなしか、春臣も寝不足の顔をしていた。





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