第三話 今日は土曜日よ

 目の前に真っ白な風景が広がっている。

シンはブリザードの気配に気付くことなく雪面の先に向かった。


 緩斜面が消え急な斜面がシンを待っている。

ケイの姿が見えない。


 シンは、姿勢を引くして膝を曲げて急勾配の中に斜めに突っ込んだ。

外国製のスキー板を平行に揃えてパラレルで滑走しながらターンを繰り返す。


 鞍部に着いたシンはリフト乗り場に急ぐ。

ひとり用のリフトに腰掛けるとリフトが急な角度で上がって行く。


 風がシンの水色のスキー帽を吹き飛ばした。

思わず手を伸ばしたい衝動を自制し傍観した。

帽子は木の葉のようにひらひらと雪面に落ち見えなくなった。


 目の前に絶壁に近い斜面が見え始めシンは思った。

スキーは良いが、このリフトだけは二度と勘弁と・・・・・・。

まるで空中ブランコのようなリフトに後悔した。


 落差百メートル以上の空中をリフトは進み到着した。

黄色い旗の目印に沿って狭い斜面を進むと広い斜面が目の前に広がっている。


ケイがシンに声を掛けた。

「シン、遅いわよ」


「ケイちゃん、ここ広くて」


「そうね、ここはカナダのウイスラーよ」


「・・・・・・ 」




     ⬜︎⬜︎⬜︎




 シンは頭の中が混乱して整理に脳の処理が追いつかない。

スキーのストックを探していたら、目の前に雪面が広がっていた。


そして、いつの間にか、窓から日差しがシンの顔に当たる。

ケイが寝室のカーテンを開けていた。


「シン、また魘されていたわよ」

「うん、なんか夢見ていたみたいで」


「そう、悪夢ね」

「スキーしていて、急斜面を滑っていたみたいで」


「なんだ、昔の記憶の残像ね」

「そうかな。まあいいか」


「新しいスキーが欲しくなって見た夢じゃないの」


 ケイの言葉に、シンの中で思い当たることが浮かんだ。


「ケイちゃん、この間の大掃除で、スキーストック何処にしまった」

「あれ、シンがいらないとか言っていたじゃない」


「・・・・・・ 」


「だからーー 捨てたわよ」

「なるほどーー それが悪夢の始まりか」


「シン、ストックと悪夢、関係ないじゃない」


 シンは、やや不貞腐れて布団を頭から被りうたた寝を試みた。


「シン、早くしないと遅刻するわよ」

「今日、土曜でしょう」


「土曜は、明日」


 二人は、軽い朝食を済ませて団地を出て川沿いの道を歩いた。


「今日も暑いかな」


 ケイは携帯を弄りながら呟く。


「今日の最高気温ーー 四十度だって」

「ええええええ」


「そして、ゲリラ豪雨注意と書いてあるわ」

「とにかく、駅に急ごう」


 遠くで雷鳴が聞こえていた。


「もう三十二度よーー シン、折り畳み傘、持っているわよね」

「ケイちゃんは、持っているの」


 シンは、意味のないケイへの質問を後悔する。


「そうか、シンは忘れたのね。私は持っているわ」


 ケイは見てくれ美人だったが性格に問題があったと、常々シンは考えている。


「やはり、天は二物を・・・・・・ 」

「今、天は、とか言ったでしょう」


「いや、天気と言おうとして呂律が引っかかっただけ」

「まあ、いいわ、瑣末なことね」


「さまつって」

「小さなことよ。この間、読んでいた本に出て来た言葉よ」


「そうか、僕も瑣末、使おうかな」


 二人が笑いながら私鉄駅に到着した時、雷が上空で弾けた。激しい雨が路上を叩きつけ、辺りが真っ暗になる。路上に雨水が溢れ始めマンホールの蓋が一メトール跳ね上がっていた。


「ケイちゃん、ギリギリセーフだね」

「シン、ちょっと、甘いね。

ーー こういう時は、決まって電車が止まるわよ」


 駅の構内アナウンスが、落雷による変電所火災を伝えていた。

「結局、電車も不通か」

「シンどうする」


「とりあえず、事情を会社に伝えて待つしかないでしょう」


シンは、携帯から連絡を入れようとした。


「ケイちゃん、携帯が繋がらない」

「まさか、携帯会社も」


「うん、それ、最悪なパターン」




     ⬜︎⬜︎⬜︎




「シン、何、二度寝してんのよ」

「今、ゲリラ豪雨で、駅から会社に」


「何、言っているのシン、まだお布団の中じゃない」


 シンは朦朧とする頭の中で夢の中で夢を見ていたことに気付いた。


「夢の中の夢って疲れるんだよね」

「そうなのーー じゃあ、今日は約束の動物園よ」


「今日って、仕事じゃないの」

「今日は土曜日よ。

ーー さあ、さあ、早くして」

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