第二話 ケイ、少子化対策頑張るぞ!

 綺麗な流線型のパトカーが路上に止まっていた。

フロントガラスからサングラスを掛けた男性警官が見える。


 男は躊躇わず、パトカーの中の警官にフロントガラス越しに話掛けた。


「素敵な車ですね」


「そうでしょう。これは最新モデルですから」


 立ち話を終えた男はその場を立ち去る。

 ピカピカの新車は逆方向に走り去り消えた。




 薄暗い部屋の中で、男はあることに気付いた。


 部屋の中央の柱の前にあったローテーブルに深紅の毛布が掛けられていた。身体をくの字に降り曲げた形に毛布が盛り上がっている。


 男は躊躇わず毛布を一気に落とす。


 セミロングの黒髪の見知らぬ女が寝息を立てていた。毛布を剥がされても起きない女。死んではいない。


 多少のアルコールを飲んでいても泥酔にはほど遠い男は、幻覚かと思い自分の頬をつねってみた。

思わず声を上げそうになって慌てる。


 男は考えた。ここは、俺が借りたホテルの部屋だが・・・・・・。それとも、俺が部屋を間違えたのか?そんなことはない。


 俺はオートロックドアを鍵で開けて入室している。ホテルのバーのワインで酔う筈はない。


 ちょっと前までは、ホテルのバーの薄暗いカウンターでワイングラスを一人で傾けていた。そうだ、ワインの前にシェリー酒を飲んでいたことを思い出す。


 バーテンからサービスされたシングルモルトウイスキーもあったなあ。トウモロコシなどを主原料とするシングルグレーンウイスキーも高価だ。普段は安いブレンデッドウイスキーしか飲もない男には喉から手が出る高級酒がシングルモルトだった。


 ホテルのバーの記憶を手繰り寄せながら、男は泥酔していなが素面でないと改めて自覚した。


 とりあえず、ホテルの廊下に出たあと、もう一度部屋の中に入ってみた。さっきまでいた、女の姿がない。


 男はとりあえずほっとして、冷蔵庫からミニチュアウイスキーを取り出しグラスに注ぐ。

 薄暗い部屋の灯りの中、冷蔵庫の横の窓ガラスにセミロングの女の姿が映って、こちらを見て妖しい笑顔を浮かべていた。


 男はその方向にはベッドがある筈だった。男はベッドに移動して女の存在を確かめようとした。


 白いベッドカバーが乱れて、血痕のような液体が付着している。だが、そこには窓ガラスに映った女の姿がなかった。


 変だなと思ってホテルによくあるテーブルに視線を落とすと、飲んだあとのワイングラスが置かれていた。


 突然、男の前に下着姿の女が立っている。アイボリーのシルクスリップに赤い染みがあった。


「ごめんなさい。ベッドカバーにワインを溢しちゃった」

「美咲、お母さんは」


「お父さん、お母さんは今出張中だよ」

「そうだったな。お前、酔っ払っているのか」


「酔っ払っているのは、お父さんよ」

「いくら親子でも、お前は娘なんだから」


「何言っているの、この間、養女になっただけよ。

ーー 生まれて来たら、美咲と命名してね」


 男がウイスキーグラスを傾けて娘に視線を移すと娘はベッドに行った。


 困った奴だ酒癖が悪いと呟く。

 そのうち男は、その場で一時間うたた寝をして目を覚ます。


「美咲・・・・・・ 」


 返事がない。不安を覚えた男はベッドに行った。


 そこには綺麗に掛けられた真っ白なベッドカバーがあった。美咲の姿は消えている。




「シン!遅刻するわよ」


 ケイが、シンを起こして朝食の支度をしている。


「ケイ、また変な夢を見てーー 頭が朦朧としている」

「そう」


「美咲とかいう名前の娘が生まれたら名前を付けてと言ってたよ」

「それ、きっと未来夢かもね」


 ケイとシンは、団地の川沿いを歩きながら最寄り駅に向かっていた。


「ケイ、でもまだ孕んでいないでしょう」

「そうね、お仕事があるし、それどころじゃないわ」


[ケイ、美咲にしてね]


「シン、今、何か聞こえなかった」

「いや、聞こえなかったよ」


「変ねーー 確か美咲にしてねーー と聞こえたけど」


 シンはケイの話を聞いて背筋に冷たいものを覚えた。


「シンちゃん、どうしたの急に」

「部屋で言ってた夢の中で聞いた名前だよ、それ」


「美咲だっけ」


[ケイ、シン、美咲にしてね]


 シンとケイは顔を見合わせながら言った。


「聞こえたわ」

「ん、聞こえた」


「シン、頑張ってね」

「ケイ、少子化対策頑張るぞ!」

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