【短編連載】ケイとシン
三日月未来
第一話 夢の続きのあとで
ここは、何処なんだろうーー
シンは考えあぐね、休日のオフィス街の歩道を行ったり来たりしていた。ちょっと前に通過したビルの角まで戻って、ガラスの扉を開けて店内に入る。
特に買う物があるわけじゃないーー 奥に入ってみた。白い壁と蛍光灯が店内を広く感じさせたーー 文具店なのか?陳列棚には普通に買える価格帯の文具が並んでいる。
真っ白なタイル貼りの通路を進み隣の陳列棚を覗いた。欲しいものは見つからず、入って来た扉とは正反対の扉から出ることにした。
他人から見れば店内をショートカットしているように見える。シン本人は斜めに抜けただけと思っていた。
外に出て振り返れば、真っ白いビルにいたことが分かり、道なりに進むことにした。
前を歩く女性の後ろ姿が視界に入る。その人は、雑居ビルの中に消えて行った。知り合いかと思ったシンは、無意識で後ろ姿を追いかけていたのだった。
雑居ビルの前に書籍セールの立て看板が置かれている。時間潰しに中を覗いてみることを思いつき中を覗き入ってみた。
狭い通路を進むと、ポスターがやたら目に付く。その奥に燻んだ小さなエレベーターが見えた。
エレベーターに乗ると若い男が乗り込んで来た。その男は途中の食事処で降りた。中華の香辛料の香りがシンの鼻を
エレベーターが書籍のあるフロアに到着して扉が開く。エレベーターのすぐ前に書店のガラス扉が見え、そのガラスには乱雑にチラシが貼られている。
恐る恐る中に入り店主らしき男と視線が重なりどきりとした。狭く澱んだ空気の中、突き当たりの奥を右に曲がる。それ以上、先が無いことに気付き、とりあえず書籍棚を目で追いかけて見た。
探している本も欲しい本もなく、僅か数分で入って来た扉から出てエレベーターで下に降りた。途中、食事処の屋号が目に止まり気になった。
へえーー 懐かしい故郷の匂いがしている。場所を記憶にピン留めして再びシンは外に出て見た。
シンはお上りさんのようにビル街の歩道を徘徊している。
⬜︎⬜︎⬜︎
前から、さっき見かけたワンピース姿の女性が歩いて来た。女性はすれ違いざまに日傘の下からシンに声をかける。
「あら、お久しぶり」
「あ、ケイちゃん、こんにちは」
「これから、ワインバーに寄ろうと思っていますが」
「時間潰していているところでした・・・・・・ 」
シンは照れながら、坊主頭をボリボリ掻く仕草をして誤魔化す。
日没には遠い日曜の昼下がりだった。真夏の日差しが容赦なく降り注ぐなか、薄暗い店内に逃げ込むように入る。
ウエイトレスが席を案内して真ん中くらいの壁際の座席に、シンとケイは並んで腰掛けた。
「何になさいますか」
「シンちゃん、グラスワインでいいかな」
シンとケイは、赤ワインを注文した。ウエイトレスが冷えた赤ワインをテーブルに置いて戻る。
「シンちゃん、今日は」
「偶々、時間があったから、つい会社の近くに。ケイちゃんは」
「私も同じような感じねーー ところで、あそこのお店の名前を覚えているかしら」
ケイはシンの後ろ窓から指差して見せた。
「ええと、確か、ええ」
「いいわ、問題ないから」
シンとケイは、ワインバーでしばらく話込み二杯飲んで会計を済ませ外に出た。真夏の太陽は沈む気配すら見せていない。
ケイはアイボリーのミニワンピース姿で、シンの半歩右後ろを歩いていたはずだった。シンが語りかけるとケイの返事がなくシンは振り返った。
「ケイちゃん・・・・・・ 」
ケイの姿は、ビル街から忽然と消えていた。
⬜︎⬜︎⬜︎
団地が並んでいる団地街の一画。とある団地の窓から朝日が差し込んでいた。
「シンちゃん、遅刻するわよ・・・・・・ 」
ケイがシンの掛け布団を剥ぎ取り仁王立ちで睨んでいた。
「もう、子どもじゃないんだから、早くして・・・・・・ 」
「あゝあゝ・・・・・・ 」
シンはワイシャツを着て、スラックスを履き身支度を整えてダイニングの小さなテーブルに座って食パンを齧り牛乳を飲んで玄関の扉を開けて廊下に出た。
坊主頭のシンには寝癖は無縁だったが、目を吊り上げたスカートスーツの女が玄関の廊下で待っていた。
「遅いわよ」
「大丈夫、間に合うから、きっと」
「そうね、きっとよね、きっと・・・・・・ 」
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