第27話 暗殺者

 第3皇子が手配した暗殺者ははるばるエディンシアまでやってきたが、ターゲットのバルクトライはコールタス王国との戦いのために不在である。

 本人が居ないのではどうしようもなかった。

 しかも、戦列艦が港を離れているために町は厳戒態勢である。

 留守中に騒ぎを起こされては足元から崩されることになってしまう。

 そうならないようにイシュタルが手配をしていた。

 このため、余所者はまちの住民から猜疑の視線にさらされることになる。


 暗殺者は表向きは金物屋ということになっていたが、一通りの商売が終わるとエディンシアの町に長逗留することができなかった。

 一挙手一投足を見張られて一度町を離れることにする。

 近隣の村を回りながらバルクトライが帰還するのを待った。

 すでにコールタス海軍の主力を撃破していた艦隊が、輸送船を襲撃した船を撃破して帰還したという話を聞くことができる。


 すぐにその話でこの地方はもちきりになった。

 内戦が始まってからも比較的平穏に過ごせており、そのバルクトライの手腕に対して信頼が寄せられていたところへもってきて、宿敵艦隊の撃破の報である。

 しかも完膚なきまでの大勝であり、救国の英雄として一気に人気が高まった。

 色んな思惑を有した者がエディンシアの町を目指すことになる。


 首都ロミナスカヤの南方を地盤にして比較的に距離が近い皇太子からの使者がひっきりなしに訪れるようになった。

 今やバルクトライは帝国の誰の目にも英雄である。

 その英雄が支持するものが次の皇帝に相応しいと見えることだろうことは明らかだった。


 元々、バルクトライは皇子の誰とも距離を保っている。

 金勅文書を奉じてエディンシアを含む南方面軍管轄地域の平穏を守っていた。

 次の金勅文書には従うという姿勢を示しているので建前上は非難をしにくい。

 しかし、金勅文書を出すには皇帝に即しなくてはならず、即位するにはバルクトライの力が必要である。


 しかし、バルクトライは当面の危険を排除してからは、また元の怠惰な生活に戻っていた。

 ただ、事情を知らない他者の目からするとまた何か世間を驚かせる深謀遠慮を巡らせているように見える。

 イシュタル辺りがそれを知ったらあまりの過大評価ぶりに驚いただろう。


 実際のところはショーティスの淹れてくれた珈琲を楽しみながら、バルクトライはカードや読書に勤しんでいた。

 本人はコールタス王国海軍を撃破した戦功をあまり気にしていない。

 みんなに注目されるようになって来客が増え、暇な時間が少なくなったとこぼす程度である。


 しかし、イシュタルやその他の高位の部下たちは状況の変化を正確に感じ取っていた。

 今やバルクトライはかなりの重要人物である。

 その死を願う者がいることを理解していた。


 コールタス王国はその筆頭である。

 その気になればバルクトライはコールタス王国首都の外港に砲撃を加えることが容易だった。

 当人にはそんな面倒くさいことをする気は全くない。

 ただ、その胸の内を知る者はコールタス王国にはいなかった。


 そうなると危急存亡の秋に打てる手として暗殺という選択肢が浮かぶのは当然である。

 以前は和平派のバルクトライの後任に急戦派の将軍が着任することを考えなくてはならなかった。

 今は何はともあれ有能な将軍であるバルクトライを亡き者にしなければならないという思考にとらわれる者が多い。

 ただ、外国人であるコールタス王国の者がバルクトライの近くまで浸透するのは実際問題かなり困難だった。

 強い意向を有しているけれども、実行犯となりうる人材がいない。

 

 その点、意志の点でも実行性の点でも警戒すべき相手が先帝の遺した皇子たちである。

 中でも劣勢に立っている第2皇子や第3皇子には要注意だった。

 自分たちの味方にすることができないならばいっそ亡き者にしてしまえ、という単純な思考になることが容易に想像できる。

 しかも同国人であることからバルクトライに近づく伝手を探しやすい。

 

 身辺警護に関して無頓着なバルクトライに代わって様々な対策をとった。

 今までが緩すぎたのを人並みにしただけだったのだが、武器を持って近づくのは難しくなる。

 本人がものぐさであり、社交的でもないので面会時に気を付けておけばいい。


 唯一例外的に要塞の外に出かける金鹿亭の訪問は当面の間控えることになった。

 バルクトライが文句たらたらになるかと思われたが、イシュタルやショーティスを相手に飲めればそれでいいらしい。

 歩いて帰らなくていいから楽だな、などと言い出す始末である。


 毒殺という点に関しては、基本的に要塞内で皆と同じものを食べているので、バルクトライの食べるものにだけ毒を盛るということが難しかった。

 美食家であれば高級食材になんらかの仕掛けをできたかもしれないが、そうはいかなかない。

 

 バルクトライが唯一贅沢をしているのが酒と珈琲だったが、この2つは毒をもるための細工をすることが難しかった。

 酒瓶は封蝋を剥がしたり、容器を壊したりせずに何かを入れることができない。

 珈琲豆は抽出前にショーティスが状態をチェックして焙煎している。


 しかも、この2つのものに関してはバルクトライの舌が肥えているのでごく少量を口にしただけで味が変なことに気が付いた。

 このため、暗殺者は手をこまねいている。

 英雄となったバルクトライに会おうとする人が増えエディンシアの町に滞在できるようにはなっていたが無駄に日数を重ねていた。

  

 

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