第28話 建国記念日
第3皇子からのしつこい催促にいい加減うんざりする頃、暗殺者はついに格好のタイミングを見出す。
アーケア帝国の建国記念日が近づいてきていた。
この日は建国を祝うと同時に、今までの戦没者への慰霊を行う。
エディンシアの町の場合は、町の近くの小高い丘の上にある墓地で実施されるのが通例だった。
先日の海戦においても少数とはいえアーケア帝国側の水兵などの死者が出ている。
その慰霊祭の主催者はバルクトライ以外ありえなかった。
墓地というのは普段はそれほど賑わっているわけではない。
その一方で作業着を着用した誰かが出入りしていても見とがめられることはなかった。
暗殺のための下工作をするには格好の場所である。
まず、暗殺者は手下に命じて墓堀りをしている爺さんに取り入らせて弟子入りさせた。
あまり人気のない仕事であったからこれは簡単である。
墓地関係者との顔つなぎができると爺さんに酒を飲ませて、仕事に出てこれないようにした。
それからいくつかの工作をする。
暗殺において最も難しいのがそれに使用する道具を現場に持ち込むことだった。
慰霊祭当日、参列者は当然の如く厳しくボディチェックをされる。
ピストルを隠し持って入場するというのは現実的には難しい。
しかし、事前に棺桶に入れてを持ち込んでおけば、ピストルはもちろん小銃も使用することができる。
暗殺者は準備万端整えてその日を待ち受けた。
建国記念日は朝は少し冷え込んだが、日中は穏やかに晴れ上がる。
エディンシア要塞の中庭でバルクトライは馬車に乗り込んだ。
続いてイシュタルとショーティスも同乗する。
中庭には同型の馬車が他に2台も用意してあった。
ぴたりと閉じたカーテンの隙間から外を覗いていたバルクトライは軽く肩をすくめる。
「ちょっと大げさじゃないか」
「大した手間じゃありませんから。街中はともかく、丘への道を全て見張るのは困難ですからね。狙撃されたときの用心です」
最初の馬車が走り出した。
その後ろにバルクトライたちが乗車したものが続く。
「まあ、いいけどさ。小銃なんて100歩も離れるとそうそう当たんないぜ」
「でも当たったら嫌でしょう? 血も出るし痛いし」
「まあな。前に跳弾が右胸をかすったことあるけど、結構痛かった」
「少し傷跡が盛り上がっているところですね。あれは銃創だったんですか」
「新たに怪我をしてショーティスを心配させたくないでしょう? 少しの用心で安全性が上がります。それに閣下がその手配をするわけじゃないんですから」
イシュタルはなんでバルクトライの胸の傷のことを従卒のショーティスが知っているかのツッコミはしない。
寝るときの格好もだらしないので、どうせ寝間着の前を盛大にはだけていたんだろうことは容易に想像ができた。
もっとも、目と鼻のさきの距離で凝視するようなアクシデントがあったことまではイシュタルも知らないままである。
バルクトライは目をつぶって馬車の背もたれに体を預けた。
「この間の戦いにしてもそうだし、3年前も、そのさらに前の戦闘でも俺は未亡人と孤児を量産してるわけでさ。俺のことを恨んでるのも仕方ないなとは思ってるんだ。そういう人間が俺に復讐を図ってるのだとするとなあ」
「では、恨みを乗せた凶弾に大人しく倒れてやるとおっしゃるのですか?」
「そうは言わないが」
「戦いである以上、閣下が勝たなければ、味方に未亡人や孤児が増えただけだと思いますよ」
「それもそうなんだけどな」
イシュタルはため息をつく。
「しっかりしてください。閣下が反省をしたところで死者が生き返るわけではないんですから。それに今閣下のお命を狙っている者がいるとしても、それは復讐では無くて自分の利益のためだと思います。縁起でもないですが閣下の身に何かあったら、それこそ、その復讐を誓う人間も居るんですからね」
バルクトライは目を開けた。
イシュタルは怒ったような顔を向けており、ショーティスも心配そうな表情をしている。
「気持ちは嬉しいが、俺が死んだら復讐とかしないで、いかに俺が素晴らしい人間だったか広めてくれる方が嬉しいな。まあ、人はいずれ死ぬわけだし」
「身近にお仕えしていると閣下の美点よりも欠点の方を目にする機会が多いんですが」
イシュタルが沈んだ雰囲気を吹き飛ばそうと敢えていつもの辛らつな口調になった。
バルクトライはふっと笑う。
「そうだな。こんな話はやめよう。幸か不幸か生きている俺たちは死ぬまでは精一杯やれることをやるべきだものな。ということで、今日の式典が無事に終わったら久しぶりに金鹿亭に繰り出すというのは?」
発言を聞いたイシュタルは横を向いた。
「聞いたか。ショーティス。これまでのちょっと内省的な発言は、女の子のいる店に遊びに行きたいという話の前振りでしかなかったわけだ。これで良く美談を語り継いでほしいというセリフが出ると思わないか?」
「まあ、でもバルクトライ閣下らしくていいんじゃないですか。さすがに式典の会場ではこんな話はできませんし、少しぐらいは許してあげても」
「私の味方が増えるかと思っていたんだが、ショーティスは閣下に甘いよな。従卒だからって遠慮することはないんだぜ」
造反をけしかける副官にバルクトライは片眉を上げる。
「ショーティスまでイシュタルのようになったら息苦しくて俺倒れるぜ」
「そのときは介抱して差し上げます。お任せください」
ショーティスはここぞとばかりに胸を反らせた。
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