第26話 もくろみ
かなりくたびれた感じのする輸送船2隻がエディンシアから出航していく。
要塞の見晴らし台からバルクトライはその様子を見送っていた。
2隻にはコールタス海軍の水兵や船員が乗り組んでいる。
捕虜にした2千人あまりをバルクトライは全員釈放し本国への帰還を許していた。
無駄飯を食わせるのが大変だからという理由である。
別に温情主義というわけでもなかった。
コールタス王国は手持ちの戦列艦をすべて失っている。
武装商船や旧式の軍艦がまったく無いわけではなかったが、アーケア帝国と大規模な海戦をするだけの戦力はない。
人員だけがいてもどうしようも無かった。
輸送船に気の毒そうな視線を送っているバルクトライをショーティスは見上げる。
「どうしたんですか?」
「俺もいつ、あっちの境遇になるか分からないなと思ってさ」
「閣下ならそんなことはないんじゃないですか?」
「そんなことはないさ。今回の海戦だって終わってみればこういう結果だが、もっと苦戦する可能性だってあったんだからさ」
「でも、そのための布石は打ってあったんでしょう?」
「まあな。でも、裏をかかれる可能性だってある。向こうの指揮官がニーメアだったら、もっと違う展開だったかもしれない」
「そうなんですね」
胸壁にもたれかかっていたバルクトライは体を起こすと両腕を手ではたいた。
ニヤリと笑みを浮かべる。
「まあ、そうならないように色々と手は打っておいたけどな」
「もう、終わったんだから教えてください」
イシュタルが話に加わった。
「そうですよ」
バルクトライの笑みが大きくなる。
「内緒」
「なんですか、それは。いい歳をした大人の台詞じゃないでしょう」
イシュタルが呆れた声を出した。
「だけどなあ。一生懸命考えた策略をあっさりと教えるというのももったいないというかなんというか」
「それ、本音なんでしょうけど、閣下の評価が下がるから言わない方がいいですよ」
「そうそう、それそれ。俺のことをニーメアが高く評価し過ぎってのが、そもそもの出発点だったんだ。艦隊を温存されるとこちらもずっとそれに対応するためにこちらも戦列艦をここに釘付けにせざるをえない」
バルクトライとしては内戦が始まったときからすぐにコールタス王国海軍を叩くことを考えている。
積極的に内戦に介入するつもりはなかったが、その一方で漁夫の利を得ようといつどこにコールタス王国が仕掛けてくるのか分からない状態ではおちおち酒も飲んでいられなかった。
怠惰なバルクトライも早々に不安を解消しなければならないと考える。
それで、まず食料確保に忙殺されるフリをした。
実際にはそこまでひっ迫していない。
そして、南方の友好国が集めた穀物をエディンシアに運ぶ計画がコールタス王国の議会の強硬派の耳に入るようにした。
当然、輸送を妨害しようとするだろう。
ただ、それではバルクトライが艦隊を動員して護送するだけである。
その場合には艦隊不在で手薄なエディンシアを攻略するという2本立ての作戦となった。
コールタス王国からするとどちらに転んでも戦果が得られるという一見素晴らしいものである。
ただ、そもそもの話の発端である穀物輸送計画が嘘だった。
輸送船に物資を積み込んではいるが、中身は土塊を詰め込んだ袋である。
攻撃を受けたら並走させている快速船に乗組員が避難してさっさと逃げ出す算段をしていた。
つまり、バルクトライは穀物を運ぶ輸送船の心配をしなくてもいい。
最初から、コールタス王国海軍を引き寄せて麾下の全戦力で叩く計画だった。
乗組員の練度を考えると戦力的には互角である。
しかし、留守を狙うという目論見を外された動揺に乗ずることで有利になれると計算した。
さらに艦数が多いことと両舷の大砲を使うという条件が加わり一気に砲撃戦を制している。
敵方を2隻、2隻、2隻に分断することで初期段階で大砲の数を180門対592門と3倍以上の差をつけていた。
さらに艦載砲とカウントされないほど射程が短い滑空砲8門を全艦に搭載し砲撃に使用したので差はさらに広がっている。
並走して撃ちあう後半戦では片舷30門しか使えないコールタス王国の艦に対して4艦で148門の大砲を発射していた。
練度で劣るならと最初からそれを頼りにせず物量で押し切っている。
結局のところ、コールタス王国は最初から最後までバルクトライの振り付けで踊ることとなった。
これでは勝利は覚束ない。
さらに正規海軍を撃破した後、輸送船を襲った私掠船と旧式軍艦から成る船団を待ち受けて完膚なきまでに叩きのめしていた。
戦い全体で見れば、大量の火薬と砲弾を消費していることを別にして、アーケア帝国は輸送船1隻を失っている。
戦列艦6隻、その他船舶5隻を失ったコールタス王国とどちらが勝者かといえば答えは明らかだった。
しかも鹵獲した戦列艦2隻はエディンシアのドックで修復中であり、今後バルクトライの艦隊に加わることになる。
これでバルクトライは麾下の海軍を自由に動かせることになった。
戦列艦を失ったコールタス王国は当面の間はあまり神経を尖らせなくてもいい存在となる。
同時に、ろくな海軍を持たないロマーニア王国に対しても睨みを聞かせることができるようになった。
これは国境沿いに張り付けている陸軍2個師団を一部動かせるようになったということでもある。
アーケア帝国の内戦においてバルクトライが自由に動ける状況ができたということであった。
ただ、その当人は食料の確保に後顧の憂いが無くなったことに満足したのか、またぐうたら生活に戻っている。
新たに届いた豆で淹れてもらった珈琲を目を細めて楽しんでいるのだった。
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