第13話 酔っぱらい

 ある程度歓談するとイシュタルが立ち上がる。

「それでは閣下この辺りで失礼します」

「え~、もう帰るの?」

「はい」

 言葉短く答えると、少し酔いの徴候を見せる上官からショーティスの方へ向きなおった。


「悪いがこの後の閣下のことを頼む」

「畏まりました」

 ショーティスは弾けるように立ち上がって返事をする。

 それを見ていたバルクトライは店員に合図を送った。


 すっとやってきた店員が小さな紙袋を差し出す。

「よっと」

 バルクトライは意外にキビキビした動作で立ちあがると紙袋を受け取った。

 それを部下の手に押しつける。


「こいつは奥方に。早く顔を見たいお前さんを引き留めたお詫びに差し上げてくれ」

「いつも申し訳ありません」

 遠慮すると店のものが届けにくることが分かっているので大人しく受け取った。

「お酒はほどほどにお願いしますよ」

「りょーかい」

 バルクトライはヘラヘラと敬礼のような仕草をする。

 注意喚起した方もされた方も、あまり効果があるとは思っていないいつものやり取りをするとイシュタルは貴賓席を出ていった。


 席に戻るとバルクトライは手を擦りあわせる。

「そんじゃ、まあ、仕切り直しってことで」

 グラスに新たな酒を注がせるとゴクリと飲んだ。

 ショーティスは自分のグラスのフレッシュジュースに口をつけると質問する。


「閣下はいつもはどれくらいの量を飲まれているのですか?」

「さあなあ。それに自分で答えるのは難しいな。どれぐらい?」

 横に座る女性に顔を向けた。

 尋ねられた女性はおおよその量を答える。


「ということだそうだ。で、そんなことを聞いてきたってことは、その量に対してどれくらいを既に飲んでいるかを知りたいってことだろ?」

 バルクトライはニヤリと笑った。

「心配しなくても新しい従卒の顔に免じて今日は控えめにしておくさ。明日、イシュタルに顔向けできないと気の毒だからな」

「どうもすみません」

 ショーティスは恐縮する。


 それを手を振って留めながらバルクトライは哀れっぽい表情をした。

「厳しい副官に締めつけられて、好きに酒を飲むことすらできないんだぜ。なあ、ショーティス、俺のことを気の毒と思うだろ?」

「閣下は大変な重責を担ってらっしゃると思います」

 その返事を聞いてバルクトライは笑顔になる。

「いいねえ」


 ショーティスの回答はバルクトライの質問に正面から答えていなかった。

 気の毒に思うか、に迎合してイエスと答えれば、じゃあ今日ぐらいは羽目を外してもいいよなと言われる可能性がある。

 その一方でノーの回答はバルクトライの大変さを否定するに等しかった。

 どちらを選んでもショーティスは困ることになる。


 そんなクソ面倒くさい問いに対して、先ほどの発言は前提条件であるバルクトライの仕事が大変という点だけを肯定していた。

 後半の気の毒という部分も認めるニュアンスを含めつつ断言はしていない。

 ここで「だから今日だけは」と更に言葉を重ねてきても、それだけの責任がある立場なんだからと返すことができる。

 当初の質問に対しての回答として満点に近かった。


「ショーティスって、興味深いな。隣家の人に剣の稽古をしてもらったってことは、武門の子弟ではない。珈琲をめちゃくちゃ美味く淹れられる。そのくせ、今のような言葉遊びのような質問にも対応できるんだからな。あ、別に詮索する気はないから」

 ショーティスが口を開きかけたのをバルクトライは制する。


「イシュタルと俺が認めた。それで十分さ」

「あの、僕が言うのも変ですけど、刺客とかだったら困りませんか?」

「そりゃ困る。でも、そのときはもう死んでいるだろうからな。まあ、お前さんみたいな顔がいいのに天国に送られるのも一興かもしれない」


「あら、そういう話はお酒の席にそぐわないわ。天にも昇るような心地になるなら他の方法があるのに」

 店の女性がバルクトライの腿に指を這わせた。

「だめだめ。この子がおっかないイシュタルに怒られることになったら可哀想だ」

「折角久しぶりにお店に来てくれたのに、こんな可愛い監視役がついているんじゃ、ますます閣下がなびいてくれなくなっちゃうわ」


「そうだ。ショーティス。この中だと誰が1番魅力的だと思う?」

 悪い顔をしたバルクトライが酔眼を向ける。

 ショーティスは困った顔をした。

 視線を左右に向けてから口を開く。


「皆さん、素敵な方ばかりなので1番は選べません」

「今回の返事はちょっと優等生すぎるな」

「すいません。つまらない返事で」

「いや、つまらん質問をした俺が悪かった。素面だとこういうのに答え辛いもんな」


 実際のところは、ショーティスはこの場にいる女性に興味がなかった。

 あるとしてもバルクトライを取り合うライバルとしてでしかない。

 容色に優れていて男を喜ばす手管に長けていそうだった。

 でも、先ほどからの様子を見るに深い関係になっている相手は居なそうと判断している。

 常に一緒にいるという有利さもあり、この勝負に勝機はあると考えていた。


 バルクトライがもう少し飲んだ後に店を出ると、ショーティスは背中に羨望の視線を感じながら礼を言う。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「なに、喜んでくれればなによりだ」

 バルクトライは少し千鳥足になっていた。


「閣下。海に落ちますよ。僕の肩につかまってください」

「そこまで酔ってないと思うんだがな」

「そういうのが危ないんです。さあ」

 ショーティスは左前に出ると右肩を左手で叩く。

 右肩に重みが加わるとほっと息を吐いた。

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