第12話 食事

 ショーティスの顔がさっと一瞬ほんのりと赤くなる。

 周囲は2度目のからかいにさすがに気分を悪くしたのかと思った。

 バルクトライも思うところがあったのか手を下げようとする。

 その手を包み込むようにしてショーティスは両手で握りしめた。


 体を浮かして顔を近づけるとパクリと肉片を口の中に収める。

 浮かした体を元に戻すと唇についたパン粉をペロリとなめとった。

 その場にいる女性が思わず息を飲むほど艶めかしい。

 ショーティスは注目を集めていることに気がつくと慌てて手を放し下を向いた。

 耳のつけ根まで赤くなっている。


「あの、閣下が下さったものなので、ご厚意を無にしてはいけないと……」

「そうですよ。まったく。緊張している若者を揶揄うのにもほどがあります」

 イシュタルの冷たい声がその場の呪縛を解いた。

「純粋でいい子を雇われましたね」

「閣下になら負けても仕方ないかな」

 最初に食べさせようとして袖にされた女性も話を合わせる。


 バルクトライは苦笑いをした。

「いや、育ち盛りだからたくさん食べて欲しいというだけだったんだが。ところでショーティス、右手に硬い部分があったが、剣でも習ってたか?」

 ショーティスは顔を上げる。

「近所に住んでいた方に教えてもらってました」


「俺は剣はからきしだが、手がそんなになるほど練習したんなら、結構な腕前だろ?」

「どうでしょうか。試合をしたことがないので分かりません」

 バルクトライはイシュタルの方を見て問いかけた。

「腕前、どんなもんだろ? お前なら見ただけで分かるんじゃないか」


「無理ですよ。立ち合ってみないと分かりません。せめて剣を振るう姿を見せてもらわないと」

「じゃあ、今度試してみっか」

 イシュタルは白目を向ける。

「また、下らないことを思いつきましたね」


 バルクトライは気にせず店の女性たちを見回した。

「こいつが戦ってるところみたいだろ?」

「見たいです」

 お追従ではなく熱心な返事が返ってくる。


「ダメです。見世物じゃないんですから。手合わせするまではいいですけど、非公開じゃなきゃ私は相手をしません」

 ぴしゃりとイシュタルが断った。

「えー、そこをなんとか」

「なるわけないでしょう」


 そこに魚介の料理が大皿で運ばれてくる。

 バルクトライは小えびやイカをフリットにしたものを指でつまみあげて口の中に放り込んだ。

「こっちも遠慮せずに食べてみろ。これも美味いぞ」

 指を一舐めすると話題を元に戻す。


「公開か非公開かというのはともかく、ショーティスの腕は見てみたいな」

「閣下の仰せとあれば」

「まあ、こういう時代だからね。どの程度身を守れるかというのは知っておきたい」

 アーケア帝国は海洋国家ではないので海軍もそれほど遠洋航行するわけではない。

 それでも伝統的に女性がいない環境から水兵の間では同性愛者が一定数存在する。

 そんな環境にショーティスを放り込んだらどのようなことになるか。


 猛獣の檻にウサギを入れたときよりも早く餌食になってしまうだろう。

 一応、艦隊指揮官の従卒ということは抑止力になるだろうが、それ以外にも牽制する材料はあった方がいい。

 ショーティスも男の相手は嫌だろうしな。


 バルクトライの心配をよそにその当人はどうやったら大将閣下のことを落とせるか気になっていた。

 本人は明確に意識していないが、父親が不在だった生活を送っていたので、理想の父親の幻想を追い求めている部分がある。

 3年前のバルクトライの戦勝はよく覚えているし、智将という点も気に入っていた。

 そして、何より見た目が好みのど真ん中である。


 先ほどバルクトライ手ずから肉料理を食べさせてもらったときには、うっとりとした顔を晒さないように注意が必要だった。

 この店の常連客であるようだし、バルクトライは基本的に女性が興味の対象と思っていたところへの不意打ちである。


 本人の言うように若者にしっかりと食べさせたかっただけかもしれないし、少しふざけただけかもしれない。

 いずれにせよショーティスに対して何か愛情めいたものを感じているわけではなさそうだった。


 それでも胸が高鳴るのを押さえられなかったし、ますますバルクトライのことを欲しいと思うようになっている。

 フリットをつまんだときは、今度は手で食べさせてくれるのかと密かに期待をして肩透かしを食らっていた。


 指をむことができるのかと陶然とした気持ちを裏切られ、いっそ自分からおねだりしようかとも考える。

 周囲に他に人が居なかったら思い切って望みを口にしてみたかもしれない。

「今度は食べさせてくれないんですか?」

 この数語を口の端に乗せればいいだけだった。


 ただ、結局はやめておくことにする。

 従卒になってすぐの態度として馴れ馴れしすぎると思われるのは避けるべきだった。

 運命の導きで従卒という立場を手に入れることができたのだから焦ることはない。


 ショーティスは自分の容姿に自信を持っている。

 少年愛の傾向がなさそうなバルクトライに興味を持たせることもできる気がしていた。

 剣の腕前を披露すれば更なる関心を持ってくれるだろう。

「期待しててください」

 ショーティスは胸を張ると会心の笑みをバルクトライに向けた。

 

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