第11話 歓迎会

 要塞を出るときに3人の護衛がつく。

 港を守るように立地する要塞から市街地へは桟橋でつながっていた。

 カタカタと踏み板を鳴らして歩いていく。

 バルクトライは傍らを歩くショーティスに話しかけた。


「何か好きな食べ物あるか? やっぱり若いから分厚いステーキとかが良かったりする? それとも逆に食べたら蕁麻疹が出るものとかはない?」

「食べられないものはありません。そうですね、シュニッツェルは美味しいと思います。閣下は何かお好きなものはあるのですか?」

「俺は酒と珈琲があればいいって人間でね。まあ、ここに住むようになって場所柄、魚介類をよく食うようになったな」

「エディンシアだとどんな料理が名物なんですか?」


 従卒を置くことに渋っていたバルクトライとショーティスの会話が意外にも弾んでいることにイシュタルはホッとする。

 生活態度について口うるさく言っているが、別に敬愛する上司を困らせたいわけではなかった。

 従卒となったショーティスがすんなりと馴染んでくれればそれに越したことはない。


 話題は食べ物から船のことに移っている。

「僕、ボートにも乗ったことはないんですよね。船に乗るってどうですか?」

「揺れる。もう、揺れまくる。荒天だと立っていられないほど揺れる。それでめちゃくちゃ気分が悪くなる」

「そうなんですか。僕も乗って大丈夫かなあ」

「やっぱり不安? でも、従卒だと一緒に乗ってもらわなきゃならないんだよな」


 イシュタルは手を伸ばしてバルクトライの尻をつねった。

「お、痛え。何をするんだよ」

「すいません。糸くずがついていたので取ろうとしたのですが目測を誤りました」

 真意としては新人を脅すなとの警告であり、それは正しく伝わっている。


 そんな話をしている間に一行は金鹿亭に到着した。

 護衛は一般フロアで待ちの姿勢になり、3人は貴賓席に案内される。

 貴賓室の女性たちはショーティスの姿を見てはっとするが、それでもきゃーと黄色い声を出すようなあからさまなことはしなかった。


 ショーティスが単独で来店したなら別であるが、本日はあくまでバルクトライの同伴者である。

 金主の顔を潰すようなことはしない。

 席について1杯目が行き渡り、一行の関係と今日の集まりの趣旨を把握して初めてショーティスを話題にする。


「閣下は従卒を置かれない主義なのだと思ってましたわ。そうでないなら、私が男装して志願しましたのに」

「いつも閣下の側にいられるなんて羨ましい」

「そうよねえ」

 女性たちに口々に言われてショーティスは顔を引き締めた。


「はい。きちんとお仕えして閣下のお役に立ちたいと思います」

 左右にピタリと張りついたお姉さま方に戸惑いながら答える。

「あら。とてもしっかりしてるのね」

 感心しているところへ、ちょうどパン粉をつけて揚げた肉が運ばれてきた。

 ショーティスの横の女性が手早くナイフとフォークで切り分ける。

「さあ、どうぞ」


 目の前に置かれた皿にショーティスは視線を落とし次いでバルクトライを見た。

 お替わりのグラスを受け取っていたバルクトライはその視線に気がついて顔を綻ばせる。

「ああ、そいつはショーティスのために頼んだもんだ。遠慮せずに食え。この店は酒もいいし、美人ぞろいだが、料理も美味いぞ」

 そこで悪い笑みをひらめかせた。


「そうか。折角だから食べさせてもらうか?」

 ショーティスの両脇の女性は色めきたつ。

「じゃあ、お姉さんが 食べさせてあげる。あーん」

 フォークの取り合いを制した女性が一切れを差しだした。


 ショーティスはキョトンとして目をバチクリとさせる。

 助けを求めるように視線を彷徨わせた。

 バルクトライは勧めるようにグラスを掲げてみせるだけだし、同じテーブルの女性はにこやかに笑みを浮かべながらじっと見ている。

 背筋を伸ばしてグラスを舐めていたイシュタルが溜息をつくと救いの手を差し伸べた。


「閣下。いたいけな少年に悪いことを教えないでください。ショーティスくん。無理して食べさせてもらうことはない」

「そうですか。じゃあ」

 女性の手から自然な動作でフォークを取り上げるとバクリと料理を口にする。

 モグモグとしてニコリと笑った。


「美味しいです。ロミナスカヤで食べたのよりも美味しいかも」

 皿にフォークで肉片を突き刺すと口に運ぶ。

 その様子を見てイシュタルも微笑んだ。

 同じテーブルについている女性は珍しいなと思う。


 真面目な軍人さんといえどもこういう場所では乱れることが多いが、イシュタルはいつも背をピンと伸ばしていた。

 さすがに上司の前で仏頂面をすることはないが笑顔を見せることもない。

 イシュタルの笑顔に気付きバルクトライが嬉しそうな顔をする。

「若いもんに飯を食わして喜ぶなんて、お前もおっさんの仲間入りだな」

「閣下と一緒にしないでください。別に年齢は関係ないでしょう」


 ショーティスは食事を中断した。

 左右の女性に奪われないように手の近くにフォークを置く。

「ほら、閣下が余計なことを言うからやめちゃったじゃないですか」

「え、俺のせい?」

「ですよね」

「じゃあ、責任を取らなきゃな」


 バルクトライは手元のカトラリーからフォークを手にした。

 腕を伸ばすと料理を突き刺す。

「ほら、若者は遠慮するな」

 体を伸ばしてショーティスに差しだした。

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