第2話 浮き沈み
深夜に宮殿内の1室でショーティスは威厳があるが少し疲れた顔つきの老人と向かい合う。
2人きりだった。
ここまで案内してくれた男性は気を利かしたのか姿が見えない。
老人は感涙を目にたたえながらショーティスを抱きしめた。
長身の老人は抱擁するためには少し体を屈めなければならない。
リューマチによる痛みもこのときばかりは気にならなかった。
「ショーティス。立派になったな」
感動に体を振るわせる老人に対してショーティスは醒めている。
壁の絵、すごく高そうだな。あっちのゴブレットは純金製かな?
もうちょっと小さい頃は自分の父親がどんな人なのかについて興味があった。
母親に聞いても立派な方よ、と言うだけでそれ以上の情報は得られていない。
ショーティスの母ナディールは皇帝と関係を持って、子供を宿したことを知ってからはすぐに身を隠していた。
嫉妬が渦巻く宮殿内に居ては自分と子供の身を守れないと判断しての行動である。
ちょうど隣国の皇位継承に干渉したことに端を発した戦争が始まったことにより皇帝も愛人の1人に構ってはいられないという事情があった。
そのため、つい最近まで皇帝はショーティスの存在すら知らなかったが、ふとしたきっかけでナディールのことを思い出す。
直接は小さな肖像画が出てきたことが契機だったが、人生の黄昏期を迎えて何か思うことがあったのかもしれない。
後継者問題に頭を悩ませているということも影響していた。
そんなわけで侍従に命じて探させたことにより本日の感動の対面となる。
昔愛した女性の面影を強く残すショーティスの姿に皇帝は心を強く揺さぶられた。
抱擁を解くと美しく利発そうな少年の頬に皺の寄った指で触れる。
ショーティスは困ったような笑みを浮かべてなすがままにされていた。
その様子に気がつくと皇帝は少し体を引く。
「急な話で戸惑うのは当然だ。驚かしてすまない。今日はもう休むがいい。これからのことは明日ゆっくりと話そう」
それから皇帝は侍従を呼んでショーティスを客間に案内するように命じた。
ショーティスを案内して戻ってきた侍従が戻ってくると皇帝は気ぜわしく尋ねる。
「余はショーティスに父と呼ばせたい。どうすれば心を開いてもらえるだろうか?」
「陛下。聞き込みによれば、ショーティス様は父についてナディール様から何も聞かされていなかったようです。こう申し上げては障りがありますが、そのお陰で今まで無事でした」
皇帝の顔に僅かに苦い色が浮かび唇を引き結んだ。
「うむ……」
「生まれてから15年顔を合わせたこともない相手を受け入れるのには時間が必要です。少しずつ距離を詰めていかれるとよろしいかと。失礼ながら私の見るところ、ショーティス様は頭脳明晰でいらっしゃいます。必ずやお心は通ずるかと」
翌朝、普段は不機嫌な顔で1人食事を取る皇帝が美貌の少年を陪席させていることに宮殿内は震撼する。
しかも、機嫌よく少年に対して朝食に使われている食材とその産地について話しかけていた。
すぐにショーティスの正体について探りが入れられる。
昼前には3人の皇子のもとへ報告された。
皇太子を追い落とすべく手を組んで画策していた2人の年下の皇子たちにはより衝撃だった。
これは強力なライバルが出現したと頭を悩ませる。
皇帝が並々ならぬ関心を寄せていることを知ると、とりあえずは皇太子を廃嫡させるカードとして使うことにした。
ショーティスに帝国を継がせるとしても、いきなり立太子することはできない。
まずはその席を空ける必要があるということを側近を通じて皇帝の耳に吹き込む。
自分たち自身は年の離れたショーティスを歓迎する素振りを見せた。
一方の皇太子もショーティスを温かく出迎える。
姻族を頼れず、支援者もいない成人前の少年など怖くはなかった。
さすがに帝王教育を受けていない青二才に帝国の舵取りができるというほど皇帝も耄碌はしていないと皇太子は考える。
今までの15年間の埋め合わせのために富と栄誉を与えれば満足するだろう。
将来自分が相続するものが減少するが、皇帝になりさえすれば後ろ盾のない少年などいかようにも料理できる。
こうして、表面上はにこやかに迎え入れられたショーティスは、あどけない笑顔を向けながら冷静に観察していた。
皇太子派と反皇太子派で激しく争っているのに、ぽっと出の妾腹の自分が歓迎されるはずもない。
その美貌から他人に視線を向けられることが多かったため、ショーティスは人の表情の裏を読むことができた。
調子に乗っていると後で後ろからバッサリやられるな、と悟って他人の目があるところでは控えめな態度に終始する。
決して兄上などとも呼びかけない。
滅多にこちらから話しかけないし、必要なときは皇太子殿下などという言葉を使った。
「意外と謙虚ではないか」
裏ではこんな感想を言いながら、皇子たちはショーティスと接している。
ただ、自分たちが得られることのなかった父親からの愛情を注がれている姿は胸の内の黒い炎への油となった。
波乱含みの宮殿内での生活はある日突然終わりを迎える。
その日、借金の金利が高すぎるとして貧民街で騒擾が発生した。
一部が金貸しの店舗への投石に及び、鎮圧のために最初は治安隊が投入される。
睨み合いの中で数発の発砲があり、双方に死傷者が出たことから一気に事態が悪化した。
治安隊では抑えられなくなり軍が出動する。
その一部が突然宮殿になだれ込み皇帝を殺害した。
その指揮官が何を考えてそのような行動に及んだのかは、直後に別の部隊によって射殺されてしまったので永遠の謎となる。
流言飛語が飛び交う中、3人の皇子はお互いを非難しながら後継者たるべく戦闘を始めた。
3人の皇子はいずれも遠慮をかなぐり捨て、ショーティスの排除に乗り出す。
それぞれ少数ながらも子飼いの兵が標的を求めて宮殿に向かった。
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