ご落胤は怠惰なイケオジ将軍がお好き【中編】

新巻へもん

第1話 美貌の少年

 カフェの扉が開いてくくりつけられたベルが軽やかな音をたてる。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの中にいる少年が声をあげた。

 緩やかにウェーブするブルネットの前髪の下からクリンとした瞳が来店者に向けられる。

 薄く血の色が透ける艶々とした頬に紅を引いたような赤い唇、一瞬少女かと見紛う顔立ちをしていた。


「お一人様ですか? こちらのカウンターの席にどうぞ」

 始めて来店したのか少年の美貌に驚いていた客も大人しく席につく。

 注文を受けると容器から豆を取り出しグラインダーで挽いた。

 手際よく注文の品を出すと代金を受け取り後ろの缶に無造作に放り込む。


 1日忙しく働いた後、少年はカフェのオーナーの確認を受けてその日の給金を受け取った。

 売り上げの100分の1にも満たない小銭を少年の手に乗せながらオーナーはその手をなで回す。

「ショーティス。ご苦労さん」

 ぽっちゃりとした湿った感触にショーティスは内心辟易していた。


「お母さんが亡くなって半年か。借金もまだだいぶ残っているのだろう。生活は大変じゃないか?」

 だったら給金を増やしてくれよ、と心の中で呟く。

 しかし、実際に口に出すことはしない。


 オーナーが何を望んでいるかぐらいはお見通しだった。

 貧民街に住んでいると同年配の女の子が何をしているかぐらいは知っている。

 実際に薄暗い路地で棒立ちする男の前で跪く姿も見ていた。

 ショーティスはニコリと笑う。


「遅くなると隣のゲラルドさんが心配するから帰らなくちゃ」

 絶妙な呼吸で手を引き抜いた。

「それじゃまた明日」

 店の外に出ると帽子を被りつばをぐっと深く下ろす。

 酔っ払いに絡まれるのは面倒だった。


 元軍人で今は世捨て人のような生活をしているゲラルドに気に入られてショーティスは鍛えられている。

 その気になれば酔っ払いぐらいは余裕で制圧できる自信はあった。

 ただ、相手の地位によっては後難が降りかかることを懸念している。


「オーナーももうちょっと見た目をなんとかして欲しいんだよなあ。少し体を絞って髪の毛も整えるとかさ」

 ショーティスはぶつくさと独り言を言った。

「まあ、どう転んでもオーナーはないか」

 ペロッと舌を出す。

「どこかに良い男居ないかなあ」


 自宅のある3階建ての共同住宅の建物が見えるところまでやってくると、こんな場所に場違いなほど立派な4頭立ての馬車が入口を塞ぐように止まっているのが見える。

 さらに格好いい制服を着た騎兵が数名前後に控えていた。

 結構遅い時間だというのに、近隣の似たような建物から人が出てきて遠巻きにしている。


 何事か全く想像もつかず、ショーティスは近寄っていった。

 とりあえず何も罪に問われるようなことをした記憶は無い。

 自宅の建物の前までくると大家と立派な服装をした初老の男性が話をしていた。

「いつまで待たせるのだ」

「いえ、そろそろ帰ってくるはずなんですが……」

「何か良からぬ企みをしているのではあるまいな」

「滅相もありません。あ、お尋ねのショーティスが戻ってきましたよ」


 大家が指差すのでショーティスはもう一度脳内で最近の出来事をおさらいする。

 ちょっと前に財布を拾って中身の小銭を頂いたところ、誰かに見られてたかな?

 逃げ出したいが、ここまで近づいていては逃げきれそうになかった。

 すぐ脇にいる騎兵を見上げ、すぐに視線を前に戻す。


「あれ、大家さん。こんな遅くにどうしたの?」

 ショーティスは純真な勤労少年を装って大家に声をかけた。

 大家は今まで話していた相手にチラリと視線を向ける。

「こちらの紳士が用があるそうだ」

 随分と金のかかっていそうな服を着ている初老の男性がショーティスをじっと凝視した。


「おう。ナディール嬢の絵姿にそっくりだ」

「オジサン、母さんを知っているんだ。何の用事かは知らないけど、母さんは死んじゃったよ」

「はい。そのことは存じ上げています。私が用があるのはショーティス様です。どうかご一緒にお出でください」


「えーと、借金の利子はちゃんと払ってるよ」

「何の話です?」

「僕の借金の取り立てに来たんだろ? 元本の返済はもう少し待ってくれないかな。利子を払ってるんだからさ、いきなり身売りしろってのはないんじゃない?」

 男性は困惑顔になる。


「何か誤解があるようです。私はショーティス様を迎えに来ました。まあ、いいでしょう。借金はいくらあるのです?」

 ショーティスが金額を答えると袋を取り出し大家に渡した。

「これを預けます。ショーティス様の借金を支払ってください。5日後に確認の者を寄越します。その時までに処理をお願いしますよ。ああ、もちろん、安全のために兵士を1人残しておきます」


 大家はガクガクと首を縦に振ることしかできない。

 それを見てショーティスは男が相当偉い相手だということを理解する。

 店子が普段あれほどペコペコしている大家が恐れいる相手に自分が逆らえるはずがない。


「それでは行きましょうか」

「拒否権はないんだろ?」

「……。そう考えてくださると助かります。決してショーティス様に悪い話ではありませんから」


 大人しく馬車に乗るとすぐに走り出した。

 向かいの席に腰を下ろした男性は口を噤んでいる。

 しばらく黙っていたショーティスも痺れを切らした。

「で、どこに連れていくのさ? ここなら話せるでしょ?」


 男性はショーティスが路上で話すべきではないと判断した利発さに笑みを浮かべる。

「それでは申し上げます。ショーティス皇子。これから宮殿に向かいお父上と対面頂きます」

「手の込んだ悪戯だと思いたいけど、そういうことをするタイプにも見えないね」

 その時ちょうど、宮殿の衛兵が発する誰何の声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る