第17章 両親との再会 - 変わらぬ愛の絆

 久しぶりに実家を訪れたエマは、玄関で立ち尽くしていた。

 ドアを開ける勇気が出ない。

 母のララがALSを発症したと聞いてから、すぐに駆けつけたものの、実際にそれを目の当たりにする覚悟ができていなかった。

「神様、どうかお母さんを助けてください」

 そう祈りながら、エマはゆっくりとドアを開けた。

 リビングに入ると、ララが車椅子に座っていた。そばには父のギルバートの姿もある。 二人とも、エマに気づくと、笑顔を浮かべた。

「エマ、帰ってきたのね」

 ララの口調は、少しゆっくりになっていたが、優しさに満ちていた。

「ああ、無事で良かった。心配していたんだ」

 ギルバートも安堵の表情を浮かべる。

 しかし、エマの目には涙が浮かんでいた。

 母の衰弱した姿を見て、胸が締め付けられる思いだった。

「お母さん、お父さん……」

 言葉を詰まらせながら、エマは二人に駆け寄り、抱きしめた。

「エマ、泣かないで。私は幸せよ。あなたに会えて本当に嬉しい」

 ララはエマの頭を優しく撫でた。

 その手は、震えていた。

 「そうだ、エマ。お母さんは強いんだ。私だって、こんな素晴らしい家族に恵まれて、幸せだよ」

 ギルバートも、エマの肩に手を置いた。

 三人でしばらく抱き合っていると、エマは少し落ち着きを取り戻した。

 そして、ララの手を握りしめた。

「お母さん、必ず良くなるわ。私、お母さんのためにお祈りするから」

「ありがとう、エマ。でも、私は今でも十分幸せよ。あなたが健やかで、自分の道を歩んでいることが何より嬉しい」

 そう言って、ララはエマを見つめた。

 その瞳は、病に侵された身体からは想像できないほどに輝いていた。

「お母さん……」

「ねえ、エマ。あなたが修道院でどんな生活を送っているか、ゆっくり聞かせてくれない?」

 ララの言葉に、エマは涙を拭った。

 そして、少しずつ修道院での日々を語り始めた。

「私、今は修道院で子供たちに勉強を教えているの。みんな、本当に素直で良い子たちなのよ」

「エマは昔から面倒見が良かったからね。きっと、先生としても素晴らしいんだろう」

 ギルバートが口を挟む。

「いいえ、私なんかまだまだ未熟だわ。でも、子供たちと接するのは楽しいわ。神様が、私にこの使命を与えてくださったのだと感じるの」

 エマの言葉を、ララとギルバートは頷きながら聞いていた。

 娘が自分の道を見つけ、充実した日々を送っていることを知り、二人は安堵と喜びを感じていた。

「エマ、あなたなら必ずやり遂げられる。私たちは、あなたを信じているからね」ララは、力強く言った。

「お母さん……ありがとう」

 エマは、両親の愛情に包まれ、改めて家族の絆の強さを実感していた。

 そして、両親を支えていく決意を新たにした。

「お母さん、お父さん。私、もっと頻繁に帰ってくるわ。二人を支えたいの」

「エマ、あなたは私たちの誇りよ。無理はしないでちょうだい」

「でも…」

「エマ、お母さんの言う通りだ。私たちは、あなたが自分の人生を歩んでいることが何より嬉しいんだ。だから、自分のペースで頑張りなさい」

 ギルバートの言葉に、エマは感謝の気持ちでいっぱいになった。改めて両親を見つめ、はっきりとした口調で言った。

「お母さん、お父さん。私、二人を誇りに思っています。そして、心から感謝しています。今の私があるのは、二人のおかげです」

「エマ…」

「これから先、私は自分の信念を貫いていきます。でも、時々は帰ってきて、二人の笑顔に会いたい。だから…」

「分かっているよ、エマ。いつでも帰っておいで。私たちは、ここであなたを待っているからね」

 ギルバートとララは、愛情溢れる眼差しでエマを見つめた。エマは両親の手を握り、頷いた。

 「ありがとう、お父さん、お母さん」

 その日、エマは久しぶりに家族三人で過ごした。

 ララの病状は厳しかったが、家族の絆に支えられ、穏やかな表情を浮かべていた。

 エマは両親との何気ない会話の中に、かけがえのない幸せを感じていた。そして、この温かな家族の元に生まれたことを、心から感謝した。

「神様、この両親を、この家族をお守りください」

 エマは心の中で祈った。


 両親との再会は、エマにとって大きな励みになった。

 母の病と向き合う辛さは消えないが、家族の絆を信じることで乗り越えていけると感じた。


「神の愛は、必ず私たちを導いてくれる。だから、希望を失わず前を向いて生きていこう」

 エマは心に誓った。

 信仰と家族への愛。

 その二つが、エマの生きる支えだった。


 両親との別れ際、エマは明るく微笑んだ。

「また帰ってくるね。元気でいてね、お母さん、お父さん」

「ああ、気をつけて行きな。そして、誇り高く生きるんだぞ」

「頑張ってね、エマ。あなたのことを、いつも祈っているから。愛しているから」


 ララとギルバートに見送られ、エマは実家を後にした。

 胸の中で、家族への愛が熱く燃えていた。

「私は一人じゃない。神様も、家族も、いつも見守ってくれている」

 そう確信しながら、エマは修道院への道を歩いていった。

 新たな決意を胸に、歩み続ける。


***


「エマ、来てくれてありがとう」

 ララの声は弱々しく、しかし愛情に満ちていた。

 病室のベッドに横たわるララの姿を見て、エマは胸が締め付けられる思いだった。

 ALSの症状は確実に進行し、ララの身体は以前の面影を残していなかった。

 それでも、娘を見つめるララの瞳は、かつての輝きを失っていなかった。

 自力で呼吸する力が弱まってきたララは明日、気管切開しなければならない。

 そうすれば永遠に声を失うことになる。

 ララは最後にどうしても自分の声でエマに伝えたいことがあった。

「お母さん、私……」

 言葉を詰まらせながら、エマはララの手を握った。

 ララの手は、かつての温かさを残しながらも、痩せ細っていた。

「エマ、謝らないで。あなたが来てくれたことが、私、何より嬉しいのよ」

 ララは微笑んだ。

 その笑顔は、病魔に蝕まれた身体からは想像できないほどに美しかった。

「でも、お母さん。こんなに辛い思いをして……」

 エマの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「エマ、私は幸せよ。あなたのような素晴らしい娘に恵まれて、本当に幸せなの」

 ララは精一杯の力を振り絞るようにして、エマの手を握り返した。

「お母さん、私、お母さんのために祈ります。必ず良くなって、また一緒に……」

「エマ、聞いて」

 ララはエマの言葉を遮るように言った。その声は弱々しくも、凛としていた。

「私はもう、十分に幸せな人生を送ったわ。あなたが生まれてきてくれたこと、あなたが立派に成長してくれたこと、それが何より嬉しかった」

 ララの言葉に、エマは涙が止まらなかった。

「お母さん、私はお母さんに感謝しています。お母さんがいたから、私は今の自分でいられるの。お母さんの愛が、私を育ててくれたんです」

「エマ……」

 ララもまた、涙を流していた。

 母と娘は、固く抱き合った。

 ギルバートはそれを静かに見守っていた。

「エマ、あなたは私の誇りよ。これからも、自分の信じる道を進んでいってちょうだい」

「お母さん、私は必ず…お母さんの思いを胸に生きていきます。そして、お母さんから受け取った愛を、他の人にも伝えていくわ」

「そう、それが私の願いよ、エマ。あなたが、愛に溢れた人生を歩んでいってくれること。それが、母親としての最大の喜びなの」

 ララは、力を振り絞るようにして微笑んだ。その笑顔は、まるで天使のように美しかった。

「お母さん、私、お母さんが大好きです。本当に、心から感謝しています」

「エマ、私もあなたを心から愛しているわ。私の愛は、これからもずっとあなたとともにあるのよ」

 母と娘は、再び強く抱擁した。

 二人の間に流れる愛情は、病魔をも凌駕するほどに強く、美しいものだった。

 ギルバートはそっとハンケチで涙を拭った。

 ララは最後の力を振り絞るようにして、エマの頬にキスをした。

「エマ、ありがとう。あなたは、私の生きた証よ。誇りに思っているわ」

 その言葉を残して、ララは静かに目を閉じた。

 エマは涙を流しながら、ララの手を握りしめた。

 「お母さん、私は必ず、お母さんの思いを胸に生きていきます。お母さんの分まで、精一杯生きるわ。だから……」

 エマの言葉は、静かな病室に響いた。

「エマ、ありがとう。ギルバートも……。私、今、本当に幸せだわ……」

 ララは薬によってゆっくりと眠りに落ちていった。

 ララの穏やかな寝顔を見つめながら、エマは心の中で誓った。

 母から受け取った愛を、これからの人生で実践していくことを。そして、母の生き方を誇りに思い、自分も愛に溢れた人生を歩んでいくことを。

「お母さん、本当にありがとう。お母さんの愛は、私の一生の宝物です」

 エマは涙を拭い、ララの頬に優しくキスをした。母の温もりを感じながら、エマは新たな決意を胸に刻んだ。

 母から受け継いだ愛の遺伝子を、この世界に広げていくことを。それが、エマの使命だと感じた瞬間だった。

 病室を出たエマは、空を仰ぎ見た。青空が、まるでララの愛を表現するかのように、優しく広がっていた。

「お母さん、私はこれからも精一杯生きるわ。だって、私はお母さんの娘だもの」

 エマは微笑んだ。涙は止まったが、心の中には温かな感動が広がっていた。

 母の愛は永遠に続く。そしてその愛は、娘であるエマに受け継がれ、エマの人生を豊かに彩っていく。

 母と娘の絆は、時空を超えて輝き続ける。エマはそのことを、心の底から確信していた。

 愛する母への感謝の言葉を胸に、エマは新たな一歩を踏み出した。母の愛に導かれながら、愛に満ちた人生を歩んでいくために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る