天才少女は孤高の果てに何を見るのか ―数学を愛したエマの場合―

第3章: 思春期の戸惑いと母の愛

　中学生になったエマは、少しずつ大人の女性へと成長していた。

　ある朝、エマは下着に血がついているのに気づいた。

（なに、これ？　私、どこか怪我したかな？）

　エマは戸惑いながら、ララの部屋に向かった。

「ママ、ちょっと来て」

　エマの不安げな声に、ララが駆けつける。

「エマ、どうしたの？」

「ママ、私、血が出ているの。どこか怪我したのかな？」

　エマの言葉に、ララは優しく微笑んだ。

「エマ、それは初潮というものよ。女の子は大人になると、こうして血が出るようになるの」

「えっ、みんながそうなるの？　どうして？」

「エマ、それは赤ちゃんを産むための準備なのよ。女性の体は、そういう風にできているの」

　エマは数学にはとことん精通していたが、自分の体には無頓着だった。というか、それまで興味がなかった。

　ララは、そんな娘の髪をそっと撫でた。

＊＊＊

　その日以来、エマの体には少しずつ変化が現れ始めた。

　胸が膨らみ、ウエストが細くなっていく。

「なんだか、体が思うように動かないわ」

　鏡の前で自分の体を見つめながら、エマは呟いた。

「当たり前だわ。胸が邪魔なんでしょう？」

　隣で髪を梳かしているララが笑う。

「ママだって、昔は同じ気持ちだったわ。でも、女性の体は素晴らしいのよ。命を育む神秘的な力を秘めているのだから」

「命を育む力？　まるで魔法みたいね」

「そうね、神様が女性に与えた、特別な魔法なのかもしれないわ。でもそのおかげで私はエマと逢えたのよ」

　ララの言葉に、エマは不思議な気持ちになった。

＊＊＊

　月経が始まったエマは、次第に自分の体の変化を受け入れられなくなっていた。

（どうして、こんな風に体が変わるの？　私には理解できない）

　いつも論理的に物事を考えるエマにとって、この体の変化は非合理的に思えた。

「お腹が痛いの。学校、休みたい」

　生理痛に苦しむエマに、ララは優しく寄り添った。

「エマ、それは女性なら誰もが経験することなの。乗り越えられないほどのことじゃないわ」

「でも、私には耐えられない。こんな痛み、意味が分からないわ」

「エマ、体の変化は、あなたが大人の女性になる証なのよ。それを受け入れることは、とても大切なことなの」

　ララは、エマの手を握りしめた。

＊＊＊

　エマは、自分の体の変化を理解できずに苦しんでいた。

「ねえパパ、女の子ってどうして男の子と違うの？」

　夕食の席で、エマが唐突に尋ねた。

「それは、そういう風に神様が創ったからだよ」

　ギルバートは、娘の質問に戸惑いながら答える。

「神様？　でも、私には理解できないわ。こんなふうに体が変化する意味が分からないのよ」

「エマ、人間の体には多くの神秘が隠されているんだ。それを全て理解することは、誰にもできないよ」

「でも、私は全てを理解したいの。理論的に説明できないことが、許せないの！」

　エマの目には、涙が浮かんでいた。

＊＊＊

　エマの変化に、ララは心を痛めていた。

「ギルバート、エマのことが心配だわ。思春期の変化を、受け入れられずに苦しんでいるみたい」

　夫に相談するララに、ギルバートも困った表情を浮かべる。

「エマは頭が良すぎるからね。すべてを理屈で考えようとするから、体の変化が理解できないんだ」

「あの子は、感情の動きを信じることが苦手なのよ。でも、それが人間らしさだっていつかわかってほしいわ……」

「ララ、君がエマを支えてあげるしかない。母親の愛情が、エマを癒やしてくれると思うよ」

　ギルバートに励まされ、ララは娘と向き合う決意をした。

＊＊＊

「エマ、ちょっといいかしら。お母さん、話がしたいの」

　ララが、エマの部屋を訪ねた。

「ママ、私、自分が分からなくなってきたわ。体も心も、コントロールできなくなってきた気がする……」

　エマは、泣きそうな顔でそう打ち明けた。

「エマ、それは誰もが通る道なのよ。大人になるということは、自分の中の未知なる部分と向き合うということなのよ」

　ララは、娘の手を握った。

「自分の中の未知なる部分？」

「そう、理屈では割り切れない、感情の動きや体の変化。それを受け入れることが、大人になるということなの」

「でも、それは難しいわ。私にはできないかもしれない。私、数字みたいに嘘がない世界だけが好きなのかもしれないわ……」

「大丈夫、エマ。お母さんがついているわ。あなたは一人じゃない」

　ララは、娘を抱きしめた。

　エマは、母の胸の中で泣き崩れた。

＊＊＊

　ララの愛情に支えられ、エマは少しずつ自分の変化を受け入れられるようになっていた。

「ママ、この前は泣いてごめんなさい」

「謝ることないわ、エマ。お母さんは、あなたの味方よ。いつでも、どんなことでも相談してね」

「うん、ありがとう、ママ。私、ママに支えられて生きているのね」

「当たり前よ。あなたは、お母さんの大切な宝物なんだから」

　ララは、娘の頬にキスをした。

＊＊＊

　しかし、エマの心の中には、まだ大きな闇が残っていた。

「パパ、ママ、私、やっぱり普通の子とは違うみたい」

　ある日、エマが両親に打ち明けた。

「どういうことだい、エマ？」

　ギルバートが優しく尋ねる。

「私、頭の中がいつも忙しいの。考えることが止まらないの」

「それは、エマが頭が良いからだよ。悪いことじゃない」

「でも、周りの子たちとは、考えていることが違いすぎるの。共感できないことが多くて、孤独を感じるわ」

「エマ……」

　ララが、娘を見つめる。

「ママとパパにだって、私の考えていることは理解できないはずよ。私はやっぱり、普通じゃないのよ」

　エマの言葉に、ララとギルバートは言葉を失った。

＊＊＊

「ねえ、神様。私はどうして、こんなに周りの人と違うの？」

　ベッドに横たわり、エマは祈るように呟いた。

「私には、友達がいない。みんなと同じように笑えない。どうしてなの？」

　エマの瞳から、涙がこぼれる。

「私は、異端なのかな。普通の人間じゃないのかな」

　自問を繰り返すエマ。

「神様、お願い。私に、普通の女の子になる方法を教えて」

　エマは、枕に顔を埋めて泣いた。

＊＊＊

「ララ、エマが心配だよ」

　寝室で、ギルバートがつぶやいた。

「私も、あの子のことが心配でならないわ。あまりに特殊な才能を持ち過ぎているのよ」

　ララは、溜息をつく。

「エマは、周りの子供たちとは違う世界を生きているんだ。きっと、孤独なんだろうね」

「私たちにできることは、エマを見守ることだけなのかしら」

「ああ、エマを信じるしかない。あの子は、きっと自分の道を切り拓いていくはずだ」

　ギルバートは、妻の手を握り締めた。

＊＊＊

　エマは、自分の才能と、周囲との違いに苦しんでいた。

「私は、頭が良すぎることは、罰なのかもしれない」

　鏡に向かって、エマは呟く。

「こんなに孤独なら、バカだった方がマシだわ……」

　自嘲気味に笑うエマ。

「いいえ、違うわ。私の才能は、きっと意味があるはずよ」

　すぐに、自分を叱咤するエマ。

「私は、自分の道を進むしかないんだわ。たとえ、孤独でも」

　エマは、これまでに何度となくそうしたように改めて覚悟を決めた。

＊＊＊

「エマ、あなたは特別な子なのよ」

　ララが、娘を抱きしめながら言った。

「ママ、私は異端なのかもしれない。だけど、それも私なりの生き方なのかもしれないわ」

「そうね、エマ。あなたは、あなたの人生を生きればいいの」

「私、自分の才能を信じる。そして、自分の孤独も、受け入れる」

　エマの瞳に、強い決意の光が宿った。

「エマ、あなたは孤独じゃないわ。あなたにはいつも私とお父さんがいるでしょう？　お母さんはあなたを誇りに思うわ。あなたのままで、輝いてちょうだい」

　ララは、娘の額にキスをした。

＊＊＊

　エマは、思春期の嵐を乗り越えた。

　母ララの愛に支えられ、自分の体の変化を受け入れることを学んだ。

　そして、自分の才能と、孤独を引き受ける覚悟を決めた。

　エマは、自分だけの道を進む決意をしたのだ。

　たとえ、周囲と溝があったとしても。

　たとえ、理解されずとも。

　エマは、自分の人生を生きると誓ったのだ。

　思春期の心の葛藤は、エマを強くした。

　エマは、一人の女性へと成長していく。

　母の愛を胸に、天才少女エマの物語は、新たな章へと進んでいくのだった。