第2章: 小学校デビュー、そして挫折
小学校入学の日、エマは期待に胸を膨らませていた。
(やっと、同じ年の子と友達になれるんだ!)
エマは、クラスメイトと仲良くなることを心から楽しみにしていた。
「みんな、今日から一緒に勉強するのよ。仲良くしましょうね」
担任の先生が、優しい口調で語りかける。エマは、大きくうなずいた。
ところが、授業が始まってみると、エマの期待は見事に裏切られた。
「これは簡単すぎるよ……」
エマは、あきれ顔で呟いた。先生の説明を聞くまでもなく、全ての問題が解けてしまうのだ。
「先生、この問題の答えは3です」
エマが手を上げて答えを言うと、先生は驚いた顔をした。
「エマちゃん、すごいわね。よく分かったわね」
先生はエマをほめたが、クラスメイトの反応は冷ややかだった。
「なんだよ、あの子。授業中に、指されてもいないのに横から答え言うなんて」
「気持ち悪い。あの子、私たちと違うみたい」
エマの鋭敏な耳に、そんな囁き声が届いた。
(どうして? 私、何か悪いことした?)
エマは戸惑いを隠せなかった。
***
「ねえねえ、エマちゃんってさ、どうしてそんなに頭いいの?」
休み時間、女の子たちに囲まれたエマは、突然の質問に戸惑った。
「うーん、勉強が好きだからかな。本もたくさん読むし」
エマが正直に答えると、女の子たちは不思議そうな顔をした。
「えー、勉強が好きなの? 私たち、勉強大嫌いだよ」
「そうそう。遊ぶ方が楽しいよね」
女の子たちは、興味なさそうに話題を変えてしまった。
(みんな、私と違うんだ……)
エマは、胸の奥にチクリとした痛みを感じた。
***
放課後、エマは一人で図書室にいた。大好きな数学の本を読みふけっている。
「あ、エマじゃない」
声をかけられ、顔を上げるとそこにはナオミという女の子が立っていた。
黒縁の眼鏡をかけた、大人しそうな印象の女の子だ。
「ナオミちゃん?・ どうしたの?」
エマが尋ねると、ナオミは恥ずかしそうに微笑んだ。
「実は、エマが読んでいる本、私も読みたかったの。でも、難しそうだから躊躇してて」
「そうなの? いいよ、一緒に読もう!」
エマは嬉しそうに提案した。
「本当? ありがとう、エマ」
ナオミの瞳が、喜びで輝いた。
***
「この問題、こうやって考えるんだよ」
「なるほど! エマ、すごくよく分かるわ」
放課後の図書室は、エマとナオミの楽しそうな声で満たされていた。
二人は、難しい数学の問題に一緒に取り組み、時に議論を交わす。
「ナオミちゃん、私、初めて同い年の友達ができたみたい」
「私も、エマ。エマみたいに頭のいい子と友達になれて、嬉しい」
二人は微笑みあった。エマの心は、かつてないほどの喜びで満たされていた。
(神様、ありがとう。素敵な友達を与えてくれて)
エマは、心の中で感謝の祈りを捧げた。孤独だった日々に、ようやく終止符が打たれたのだ。
***
しかし、エマの幸せな日々は、長くは続かなかった。
小学3年生のある日、ナオミがエマに切り出した。
「ごめんなさい、エマ。私、もうエマと一緒に勉強できない」
「どうしてナオミちゃん? 私、何か悪いことした?」
エマが動揺した様子で尋ねる。
「違うの、エマが悪いんじゃないの。私が……私が劣等感を感じてしまうの」
ナオミの瞳には、涙が浮かんでいた。
「なんでもできるエマと比べられるのが辛いの。特にエマが好きな「すうがく」は私には難しすぎてわからないの……」
「そんな、私はナオミちゃんと一緒に勉強するの楽しかったのに」
エマは必死に食い下がった。
「ごめんなさい、エマ。でも、私にはエマとは違う世界があるの。さようなら」
ナオミは、エマに背を向けて図書室を出ていった。
「ナオミちゃん……」
エマは、声にならない叫びを上げた。大切な友を失った悲しみが、エマの心を蝕んでいく。
***
ナオミとの別れ以来、エマは再び孤独の世界に引き戻されてしまった。
「頭のいい子は、やっぱり変わってるんだよ」
「私たちとは住む世界が違うんだよ、きっと」
周囲の子供たちの冷たい視線と囁き声が、エマを苦しめた。
(どうして……? 頭が良いということは罰なの? 呪いなの?)
エマは、自分の才能を疎んだ。
友達と普通に接することができない自分を、受け入れられずにいた。
「ママ、どうして私はみんなと仲良くなれないの?」
ある日、エマは泣きながらララに尋ねた。
「エマ、あなたは特別な子なのよ。そのことに、みんながまだ気づいていないだけ」
ララは優しくエマを抱きしめた。
「でも、私は特別なんかじゃなくて、普通の子になりたい!」
「エマ、あなたの才能は神様から与えられた贈り物よ。今は辛いかもしれないけれど、いつかあなたの才能が花開く日が来るわ」
ララの言葉は、エマの心に深く刻み込まれた。
***
エマは、孤独に耐えながら学校生活を送った。
勉強は相変わらず簡単で、エマは授業中、退屈な時間を過ごすことが多かった。
(こんな簡単な問題、すぐ解けちゃうのに……)
エマはため息をついた。
周りの子供たちが悪戦苦闘している姿を見るのは、辛かった。
「先生、この問題はこうやって解くんですよね?」
エマが手を挙げて発言すると、先生は嬉しそうに頷いた。
「そうですね、エマさん。よくできました」
しかし、クラスメイトの反応は冷ややかだ。
「また、エマかよ。どうせもっと難しいこと勉強してたんでしょ?」
「私たちが頑張ってるのに、横から口を出さないでよ」
呟き声が、エマの耳に痛かった。
(私、みんなの役に立ちたいだけなのに……)
エマは、自分の居場所のなさを痛感していた。
***
そんなある日、エマは図書室で数学の難しい本を読んでいた。
「ねえ、その本面白い?」
声をかけられ、顔を上げるとそこにはクラスメイトの男の子、ケンがいた。
「うん、すごく面白いよ。数学の深い世界が垣間見れる気がする」
エマが目を輝かせて答えると、ケンは不思議そうな顔をした。
「エマって、数学好きなんだ。変わってるね」
「そうかな。私は数学が大好きなんだ。数字は正直だし、嘘をつかない。とても合理的で美しいと思う」
エマが熱っぽく語ると、ケンは苦笑した。
「めずらしい女の子だね。うちのクラスの女子は、恋愛の話ばっかりしてるのに」
「そうなんだ。でも私にはむしろその話の方がわからないの」
エマが寂しそうに言うと、ケンは真剣な表情で言った。
「でも、エマはエマのままでいいと思う。友達なんて、無理に作る必要ないんじゃない?」
「でも、寂しいときもあるんだ。私みたいな変わり者は、やっぱりみんな嫌いなのかな……」
エマが涙ぐむと、ケンは慌てて言った。
「そんなことないよ。エマは変わってるんじゃなくて、特別なんだ。その特別さに気づく人が、きっと現れるよ」
(パパとママと同じことを言ってくれる……!)
ケンのその言葉に、エマは小さな希望を感じた。
「ありがとう、ケン君。ケン君は優しいね」
「べ、別に。そんな大したこと言ってないよ」
ケンは照れくさそうに言った。
初めて、クラスメイトの男の子と打ち解けられた喜びを、エマは噛みしめていた。
***
ケンとの出会い以来、エマは少しずつ自信を取り戻していた。
孤独は相変わらずエマを苦しめたが、いつか自分を理解してくれる友達が現れるという希望を抱けるようになっていた。
(私は私のままでいい。今は辛くても、いつかきっと私の居場所が見つかる)
エマは、そう自分に言い聞かせるようになっていた。
「エマ、最近表情が柔らかくなったわね」
ララが、娘の変化に気づいた。
「うん、ママ。ケン君が、私は特別だって、ママみたいに言ってくれたの!」
「そう、その通りよ。エマは特別な子。その特別さに気づく人たちが、きっとたくさん現れるわ」
ララが娘を抱きしめる。エマは、母の愛情に包まれながら、心の中で誓った。
(私は、私の才能を隠さない。私は私のままで生きていく)
エマは、まだ小さいながらに、自分の人生を切り拓く決意をしたのだった。
***
小学校卒業の日、エマは一人感慨に浸っていた。
厳しかった小学校生活。孤独と闘い、時に挫折を味わった日々。
それでも、エマは前を向いて歩み続けた。
(神様、私に試練を与え、乗り越える強さをくれてありがとう)
エマは、心の中で神に感謝した。
「エマ、卒業おめでとう」
「ケン君! 私、中学でも頑張るわ」
「うん、きっとエマなら大丈夫。俺はエマの才能を信じてる」
ケンとエマは、固く握手を交わした。
「ケン君、友達でいてくれてありがとう。私、ケン君のおかげで頑張れたんだ」
エマの言葉に、ケンは照れくさそうに微笑んだ。
「俺は何もしてないよ。最初から、エマが強かったんだ」
「いいえ、ケン君の言葉が、私を励ましてくれた。本当にありがとう」
二人は笑顔で別れを告げた。
***
エマの小学校生活は、孤独との闘いだった。
彼女の類い稀な才能は、周囲の理解を超えたものだった。
友達を得ては失い、周囲から浮いた存在として学校生活を送ったエマ。
それでも、彼女は諦めなかった。
自分の才能を信じ、いつか理解者が現れることを信じて。
エマは、小学校での挫折を糧に、新たな一歩を踏み出すのだった。
彼女の才能の芽は、まだ小さかった。
しかしいつの日か、その芽は大輪の花を咲かせるだろう。
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