天才少女は孤高の果てに何を見るのか ―数学を愛したエマの場合―
藍埜佑(あいのたすく)
第1章: 奇跡の誕生
ヨーロッパのとある小国の片田舎の村で、エマが生まれたのは、冬のある晴れた日のことだった。
「ララ、頑張ったね。本当に頑張ったよ」
ギルバートは、疲れ切った表情の妻に優しく声をかけた。
「ギルバート、あなた、娘を抱いてみて」
ララが差し出した小さな赤ん坊を、ギルバートは恐る恐る抱き上げる。
「なんて小さいんだ。こんなに小さくて……でもしっかり生きているこの手。こんなに小さくて可愛いお鼻……」
ギルバートが感嘆の声を上げる。ララは微笑み、赤ん坊に語りかける。
「エマ、あなたはパパとママの宝物よ。私たちはあなたを心から愛しているの」
その時、エマがパチリと目を開けた。それは驚くほど澄んだ瞳で、まるで全てを理解しているかのような眼差しだった。
「ララ、エマが私を見ている。なんて賢そうな瞳なんだ」
ギルバートが驚きの声を上げた。ララもまた、娘の眼差しに衝撃を受けていた。
「まるで、私たちの話が理解できるみたい。あなた、この子は特別な子になるわ」
ララの予感は的中した。
エマは、驚くべき速度で成長を遂げていったのだ。
***
「ママ、これなに?」
生後6ヶ月のエマが、絵本を指差して尋ねた。ララとギルバートは愕然とする。
「ララ、エマが喋った!」
ギルバートが興奮気味に叫ぶ。ララは我が耳を疑った。
「エマ、今なんて言ったの?」
「これ、なに?」
エマは再び絵本を指差し、はっきりとした発音で繰り返した。
「これはりんごよ、エマ。あなた、本当に喋ったのね!」
ララは喜びで娘を抱きしめた。
「天才だ。うちの娘は天才なんだ!」
ギルバートは興奮を隠しきれない様子だった。
***
「パパ、この本面白いね」
1歳の誕生日を迎えたエマが、分厚い本を読みふけっていた。
「エマはその本が読めるのかい?」
ギルバートが驚いて尋ねる。
「うん、すごく面白いよ。この本にはね、こういうこと書いてあるの」
エマは本の内容を、流暢に説明し始めた。ギルバートは言葉を失う。
「ララ、ララ! エマが本を読んでいるよ!」
ギルバートの呼び声に、ララが駆けつける。
「ギルバート、どうしたの? エマに何かあったの?」
「エマが、あの難しい本を読んでいるんだ。内容まで理解しているみたいなんだ」
ララは目を丸くする。
「エマ、ママにもその本読んで聞かせてくれる?」
「もちろん、ママ。ここから読むね」
エマは嬉しそうに本を読み始めた。
ララとギルバートは、我が子の才能に驚嘆した。
***
「Bonjour, Papa! 今日はいい天気だね」
2歳になったエマが、朝食の席でフランス語で話しかけてきた。
「エマ、それはフランス語かい?」
ギルバートが驚いて尋ねる。
「そうだよ、パパ。ぼく、英語とフランス語と、ドイツ語も話せるんだ(※多言語を修得したその頃のエマにとって一番しっくりくる一人称は「ぼく」だった)」
「なんてこった。ララ、エマがバイリンガル……いやそれ以上になっているよ!」
ギルバートの声に、ララが驚いた顔で食堂に入ってくる。
「ママ、Guten Morgen!」
エマがドイツ語で挨拶した。
「まあ、エマったらすごいわね。ママ、嬉しいわ」
ララが娘を抱きしめる。
「パパ、数字の本もすごく面白かったよ。無限大ってすごいね!」
「無限大? それは高校で習う概念のような……」
ギルバートが言葉を失う中、エマは嬉しそうに微笑んでいた。
***
4歳の誕生日を迎えたエマは、数学の問題を解くのが何よりも好きだった。
「パパ、ぼく、この問題が解けたよ!」
エマが嬉しそうに紙を差し出す。そこには、複雑な数式が並んでいた。
「エマ、これは大学レベルの問題だよ。よく解けたね」
ギルバートは娘の才能に感嘆する。
「簡単だったよ、パパ。数字は正直だからね。嘘をつかないし、ルールは絶対だから」
エマの言葉に、ギルバートはハッとする。娘は、数学を愛しているのだ。
「よく分かったね、エマ。数学は素晴らしい学問だよ」
そう言って、ギルバートは娘の頭をそっと撫でた。
***
村の人々は、エマの才能を知り、驚嘆した。
「ギルバートの娘は天才だそうだ。4歳で大学レベルの数学を解いているらしい」
「ララの娘はタガログ語とドイツ語を話せるんだって? 信じられない」
エマの噂は、瞬く間に村中に広まった。皆、エマという天才児の存在に興味津々だった。
しかしエマは、周囲の注目を浴びることに興味がなかった。むしろ、皆が自分を特別扱いすることに、違和感を覚えていた。
「ねえパパ、どうしてぼくは他の子と違うの?」
ある日、エマがギルバートに尋ねた。
「エマ、君は特別な才能を持っているからだよ。でも、そのことは良いことなんだ」
「でも、友達ができないよ。みんなぼくのことを変な目で見るんだ」
エマの言葉に、ギルバートは胸が痛んだ。天才であるがゆえの孤独を、娘は感じ始めているのだ。
「エマ、君には素晴らしい才能がある。それを伸ばすことが大切だと、パパは思うよ」
「ぼくは、数学が大好きだよ。数学なら、ぼくを裏切らない」
エマの瞳は真剣そのものだった。
「そうだね。君には数学の才能がある。それを大切にしなくちゃね」
ギルバートは、娘の孤独を理解しようと努めた。
しかし天才の孤独は、計り知れないものなのかもしれない。
***
「ねえママ、今日学校で」
「ごめんなさいエマ、ママは今忙しいの。後でゆっくり聞くわね」
ララに話しかけるエマだったが、返事は素っ気ないものだった。
(ママはぼくの話を聞いてくれないのかな。パパも最近忙しそうだし)
エマは寂しさを感じていた。
両親は、いつも優しく接してくれるのだが、最近はどこか距離を感じるのだった。
(もしかして、ぼくが変わっているから? ぼくの頭の中は、ママやパパとは違うのかな)
エマは自分の才能が、時に両親との溝を生んでいることに気づき始めていた。
(数学の世界なら、ぼくを受け入れてくれる。数字は正直だから)
エマは、数学の問題を解くことに没頭した。
そこでは、孤独も、疎外感も感じずに済んだ。
天才であるがゆえの孤独。
エマは、これからもその孤独と向き合いながら、成長していくのだった。
***
エマは、知識を吸収することに喜びを感じていた。
毎日が新しい発見の連続で、エマの好奇心は尽きることがなかった。
「すごいね、エマ。君はどんどん新しいことを学んでいるね」
ギルバートが感心したように言う。
「うん、パパ。世界は面白いことだらけだよ。知れば知るほど、もっと知りたくなるんだ」
エマの瞳は、好奇心で輝いていた。
「エマ、君の才能は素晴らしい贈り物だと思うよ。それを大切にしてほしい」
ギルバートは、娘の将来に大きな期待を寄せていた。
「ぼくは、数学者になりたいな。新しい定理を発見するんだ。そうしたらその定理にパパの名前をつけてあげてもいいよ!」
「それは嬉しい、素晴らしい夢だね。パパは君の夢を応援するよ」
ギルバートはそう言って、エマを抱きしめた。
エマは、自分の才能と、家族の愛に支えられながら、孤独と向き合う日々を送っていた。その孤独は、時に辛いものだったが、エマは決して逃げることはしなかった。
「ぼくは、才能を持っているから、孤独なのかもしれない。でも、それはぼくの宿命なんだ」
エマはそう自分に言い聞かせ、前を向いて歩み続けた。天才の孤独な道のりは、まだ始まったばかりだったのだ。
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