第15話 神界の法廷
神界の法廷は、前世で見たことのある法廷よりも広々としている。
裁判長の席には裁神さま、裁番長の右側の右陪席には冥府の女神ユスティーさま、左陪席には眷属神が着き、私はルディと共に裁判長たちの裁判官席の脇に用意された席に座らせてもらった。
そして前世で言う傍聴席側には傍聴席がなく、ふたつの鳥かごの牢が並べられ、その中にはそれぞれグイーダと、見たことのない長いブロンドの女性が入れられている。法廷の左右には、多くの神々が並び立つ。
そしてアンジュは……キョロキョロと辺りを見回せば、上から悲鳴が響いてくる。
あ……いた。天井から吊り下げられた鳥かごの牢にアンジュが入れられており、『恐い』『下ろして』『出して』と叫んでいる。
「静粛に」
しかし裁神さまがそう告げれば、ピタリとアンジュの声が止む。正確には……アンジュは口を動かしているが、声がこちらに聴こえないのだ。ループしていた世界が女神に有利な場だったように、この司法の場では、司法神である裁神さまの言葉が絶対の力を持つのだ。
「そこの女神りによって改変され、幾度となくループした世界は、見ての通りだ」
やり直したこの世界を、ここの神々は見ていたと言うこと……。それも、証拠のために。そして牢の中に入れられた女性がすべての元凶の女神リュボーフィアなのだと知る。
「そして、女神リュボーフィアの名の元に、世界の改変に加担したのがそこの導の神グイーダである」
あの神は……導の神なのね。ゲームの先導役にふさわしい神の名ね。
「女神よ、汝の罪に対し何か申し述べたいことはあるか」
裁神さまがそう告げれば、ブロンドの女性リュボーフィアがぐわりと顔を上げる。その瞬間、思わず息を飲んだ。
その顔はまるで、老婆のようにしわくちゃで、目にはどす黒い隈ができていたのだ。
「私は何も悪いことなんてしてない!ここは私の世界!私のための世界よ!その世界を好きにして、何が悪いのよ!」
「ここは汝の世界ではない。汝のものでもない。この世界は、世界を創造せし創世神のものである」
確かにそうよね。所詮私たちは、創世神の掌の上。たとえ女神リュボーフィアであろうと創世神の造った神なのだから、創世神を差し置いて、好き勝手していいわけじゃない。
そしていかなる公正の前に、自らの創造神への忠誠心を持つ裁神さまにその主張が通るわけがない。
「では、汝の罪に加担した導の神については」
「知らないわよ!」
女神リュボーフィアのその言葉に、導の神グイーダが呆然としながら目を見開く。
「こんな役立たず、どうでもいいわ!」
ある意味……アンジュととても性質の合った女神よね。
「いいから、私を早くここから解放しなさい!私はこの世界で崇められる女神よ!私がいなくなったら、地上はどうなるって言うの!?」
ひとつの害悪が消えて、強制的にループさせられ壊される人間が少なくなるんじゃないかしら。
「そんなに気になるか」
「当たり前じゃないの!」
「ならば地の底からこれからの地上を眺める権利だけは授けよう。それも罰のうちだ。よいか、冥府の女神ユスティーよ」
「心得た、我が主さま」
「くそ……っ!何で私がこんなめに遭っているのに、お前がそこに……っ!」
「知らぬのか。私も冥府で裁判長をしているものでな」
神々の法廷の場にいたとしても、何ら不思議ではない。
「あれ……?地の底……?」
その時女神リュボーフィアが気が付いたのだ。先程、裁神さまは『地の底』と述べたのだ。
「地上をゲーム感覚で狂わせ、創世神にしか許されぬ神々の名を勝手に使い、正義の裁きを邪と説いた。創世神は、汝は神としてふさわしくないと判断された」
「……は?」
つまり、神を生み出すただひとはしらの存在、創世神なら女神から神の資格を剥奪できるのだ。
「汝は神格を失い、ただの魂となる。ただの魂が神界に在り続けるのことはできぬ。ならばその魂は、魂の隔り世に在るべきである」
「つまりお前は冥府に落ち、刑罰を受けよと言うことだ。元々ひとでもなく、ひとに転生するには罪が重すぎる。かといって簡単に消滅させては罰でもない。よってお前は、私の気の済むまで永遠に終わらぬ刑期を、地上の繁栄を垣間見ながら過ごせと言うことだ」
「そ……そんな……貴様、貴様ぁぁぁぁっ!冥府なんかの、女神のくせにいいいぃっ!」
「だから何だと言うのだ。お前はもう少し、自分のしたことを猛省せよ。ま、そうしない人間への拷問には慣れているから……お前でもどのくらい効くのか実践するとしようか」
さらっと恐ろしいことを告げなかったか、ユスティーさま。
「いや、嫌よ!私が神でなくなるなんて!」
「もうなくなりかけているだろう?」
ユスティーさまがそう告げれば、女神は顔以外も、一気に水分が失われ、老人のように変わり果てていく。その腕を自身の目で捉えながら、女神リュボーフィアが絶叫するが、その瞬間むせて倒れる。
「心配ない。冥府の罪人となれば、あぁなってもすぐに再生するのだ」
まるでルディの能力のようだと思ってしまったが……。
「では、最後に言いたいことはあるか」
裁神さまが問えば、女神リュボーフィアがむくっと起き上がる。ここは冥府ではないから、恐らく裁神さまの力が言葉を述べさせるのだろう。
「わたじをごごがらだぜええええぇっ!!!」
この期に及んで最後のチャンスを棒に振った女神リュボーフィアは……もはや神ですらない。
「堕ちなさい」
裁神さまがそう告げれば、床に空いた黒い穴から、リュボーフィアが鳥かごごと落下していくが、絶叫が途中でピタリと止んだのは、やはり絶叫に身体が耐えきれなかったのだろうか。
そして床の穴が元通りになれば、次は導の神グイーダの番がやって来た。
「導の神グイーダよ。汝の罪状について、何か言いたいことはあるか」
裁神さまの言葉により、グイーダもまた声を発することができるようになる。
「ぼ……ぼくはただ……女神リュボーフィアさまの言う通りにしただけで……それだけで、何も悪くないんだ!!」
『クククっ、そんなの嘘っぱちだよ!ぼくが女神リュボーフィアに持ちかけたんだ。この世界に魂が移った時、かわいいあのこと恋愛ゲームができるシナリオを……!』
しかしグイーダの口から、本人が意図しない言葉が自然に漏れ、グイーダがサアァッと青い顔になる。
「あれは嘘をつけばたちまち真実を口にする檻だ」
ルディがクツクツと嗤う。つまり女神リュボーフィアは……この導の神グイーダよりは素直だったと言うことか。……うまく乗せられ騙されるくらいには。
そしてゲームのシナリオを持ち込んだこの導の神グイーダは、元は地球人だったと言うことか。
「つまりは、汝こそが諸悪の根源と言うことか」
だからこそ、グイーダが最後に残されたんだわ。
「創世神は、汝に対しても神格を剥奪するとしている。地の底では女神以上にその罪を糺さねばならない。冥府の女神ユスティー」
「心得た」
冥府の女神が頷く。
「嫌だ!ぼくは神だ!神になったんだ!それが転生者特典のはずだろ!?」
「そのようなものは存在しない」
女神が勝手に造ったものなのだ。現に私には何もなかったし。
「罪は罪、改めよ」
そこに人情などない。下されるのは淡々とした神による判決である。
「最後に……レティシエラ」
「は、はい……?」
名を呼ばれるとは思ってはいなかったから、驚いて裁神さまを見上げる。
「レティシエラは一連の件に関する、一番の被害者だ。この元凶に、問いたいことはあるか」
人情もない、神の裁きかと思えば……。裁神さまは立場の弱いものには、それ相応の埋め合わせになるものをくれる……と言うこと?それとも、私を一番の被害者だと見なしてくれたからこそ、そのチャンスをくれたのだろうか。
「……では……その」
ゲームのことやら何やらは、今までのことで一番説明がつくが……。
「あなたとヒロインは、前世では一体どういう関係だったの?」
元神は地球からアンジュのことを知っているようだった。そしてアンジュを主人公として、自分が隠し攻略対象として恋愛ゲームを楽しもうとしていた。
そしてアンジュに蔑まれても、腰巾着を続けるさまは……こいつもこいつで、アンジュに対して並々ならぬ執着を抱えているのでは。
そして彼は今、真実しか告げられぬ牢に囚われている。
「あ……あのこは……いつもかわいくて……それで……ぼくの、ぼくのものになるはずだったんだ……なのに……なのにぼくを避けるから……だから……だから……一緒になろうと……」
『心中してあげたんだ』
その気持ち悪い笑みに、ゾクリと来る。
アンジュはきっと、グイーダの正体には気が付いていなかったのだろう。もしも気が付いていたのならば、何度もループをやり直し、グイーダと共に行動するはずがないのだから。
「もう……結構です」
そう告げれば。
「……では」
裁神さまが手で合図すれば、グイーダが地の底へと落とされる。
「これにて、閉廷とする」
裁神さまがそう告げれば、私たちは再び祭壇へと戻ってきていた。
「……アンジュはどうなったの?」
最後は見る余裕がなかったけれど。
「閉廷と共に傍聴の権利も消失しているはずだ。外だろう」
外に戻れば、そこにはアンジュがうずくまっていた。彼女もまた、魂がこちらに戻ってきていたのだ。
「うそ……気持ち悪い……何で……あいつが……元神……私を持っている、ハグやキスもして……同じベッドで寝て……あぁぁぁぁっ!嫌!気持ち悪い!嫌よ!レティシエラ!たすけ……助けてええぇっ!」
アンジュが錯乱したように私を見上げ、叫ぶ。
「嫌よ」
あなたが地球でどんな人生を送り、グイーダに苛まれたかは知らないけれど、そもそもアンジュが欲を出して現実世界をゲーム感覚で歪ませなければ何とでもなった。
相手は神で、アンジュにも逆らえない存在だったかもしれないが……グイーダを役立たずだと知ると平気で罵倒するヒロインである。
むしろ……似た者同士よね。
アンジュもまた、グイーダのように勝手な恋慕を向けて、壊し、歪ませ、私を殺させてきたのだから。
「今さらアンタなんて許せないわ。でもあなたはまだ人間なのでしょう?あなたが生きている限り、あなたを裁くのはこの地上よ」
そう告げれば、アンジュは私がどうして助けてくれないのと言わんばかりの表情を向けてくる。
そんなの、当然じゃないの。
「そうさな。お前はもう少し、地上で裁かれるべきだ。当分冥府では受け入れてやらないよ」
そう冥府の女神が告げる。
アンジュは呆然としながらも、すぐそばに落ちていた木の棒を拾い、私たちに襲い掛かるように振りかざす。ちょ……っ、自分の思いどおりにいかないからって、今度は逆上って……。
しかしその時、アンジュは突如として動きを止め、木の棒をカランと落とすと、まるで操られたかのように神殿の敷地から追い出されたのだ。
「ここで許可なく武器を使おうとすれば、あぁなるのね」
「そう言うことだ」
ルディが頷けば、裁神さまがくすりと微笑む。
その後アンジュは何度か木の棒やら切れ端を持って神殿に押し掛けようとしたが弾かれ、やがて来なくなったので……諦めたのだろうか。
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