第14話 神


私たちの前に現れたその姿に、グイーダが怒りをあらわにする。

「当たり前だろう!邪神め!」

相変わらず裁神さまを邪神呼ばわりするのね。


「え……邪神……?やだ、イケメンじゃない!」

こんな時にまで、裁神さまの顔を見て色めき立つアンジュは本当に何なのだろう。理解に苦しむわね。


「あの、あなたお名前は……」

そう、アンジュが裁神さまにすり寄ろうとした時、ルディがサッとその前を遮る。


「ちょ……っ、どいてよ!性悪男!」

ルディのことをそう認識したわけね……あなたに性悪とか言われたくないけど。

ルディはルディでヒロインに烈火のごとき怒りを向ける。一触即発だけど、私にアンジュを庇う義理なんてないし……でも裁神さまの前だし……。そう思った時だった。


「娘、不敬だ。離れよ」

凛とした声と共に、ヒロインとルディの間に分けいった冥府の女神・ユスティーさまの姿にホッとする。


「何よ、邪魔しないでよ、おばさん!」

お、おばさん!?

冥府の女神さまになんてことを……。

そうしてアンジュがユスティーさまを押し退けようと手を伸ばした時だった。

ユスティーさまの腕を掴んだアンジュが悲鳴をあげて腕を放し、そして尻餅をつく。


「きゃあぁぁぁっ!?何よこれ……!」

先程までユスティーさまの腕を掴んでいたアンジュの手が、まるで老婆のようにしわくちゃになっていたのだ。


「冥府のものは、生者からこうして生気を吸い取ることがあってな。地上では気を付けているが、咄嗟の場合にこうして吸収してしまうことがある。これは冥府の者の生理現象。問題なかろう?主さま」

いやいや、生理現象って……!いや、生理現象なら仕方がないのかしら……?まぁ、悪いのは確実にアンジュ……よね?


「問題はないだろうが、地上でいたずらに生者から生気を吸収しては生者がパニックになる。戻してやりなさい」

「ふむ……そうじゃな。あの反応を見られただけで、妾は満足じゃ。それに……お前の生気はやけに不味いのぅ……魂の質かえ?」

それは……充分にあり得そうね。


「まぁよい。人の籍にあるものは、いずれ冥府に下ろう。その時は楽しみにしておるぞ」

ユスティーさまがクスリと笑えば、次の瞬間、アンジュの手は元に戻っていた。

突然のことにパニックになっていたアンジュは、ハァハァと息づかいをあらく呆然と元に戻った手を眺めるだけだ。


「こ……これは……女神さまに対する敵対行為だ!」

元神が声をあらげる。


「敵対をすることはない。私はただ、あるべき判決を下すのみ」

淡々と告げる裁神さまに、元神はそれでも果敢に挑む。

そのバックには女神がいるからであろうか。


「それと……そうだった。お前は神に戻りたいのだったな」

「それは……当たり前だろう!そいつがぼくの本体を壊したお陰で、ぼくは神ではなくなってしまったんだ!」

元神がポケットから取り出したのは、あの時の古びた人形である。


「ふむ……この世界はリセットされている。だが本体を壊してしまうのは、リセットではない。つまりは創世神の意に反することになる。よってルディが下した罰は無効である」

確かに……リセットすれば、グイーダは器を破壊されて人間の肉体に転生する……と言うのは正確にはリセットではない。

それはルディのエゴのもと、破壊されたに過ぎないから。


ルディは裁神さまの判決に苦々しい表情を浮かべるが、相手が裁神さまだから、反論をぐっと抑えているのが分かる。


「お前は従来どおり、神に戻る」

そう告げれば、元神がニヤリと嗤う。


「ぼくは……ぼくは神に戻る!神になるんだぁっ!!」

裁神さまを邪神と呼び蔑んだくせに、自分が神として返り咲くためにはそれを堂々と利用するって言うの……?本当にこの神は腐っている。


しかしその時、グイーダの身体がボロボロと崩れていく。


「ぎゃあぁぁぁっ!?何だ……何これええぇっ」

そして半透明の姿のグイーダを残し、肉体は崩れ、細胞となり、霧散していく。

元に戻るのなら……そうね、グイーダの肉体は存在しないはずなのだから、当然だ。その肉体は本来、この世界にはないはずのものだから。


「そして、それも」

裁神さまが指差したのは、崩壊した肉体と共に地面に落ちた古びた人形である。

人形もまた、ボロボロに崩壊していく。


『ぼくの……ぼくの器ぁぁぁっ!』


「世界は全てリセットされる。それが創世神のご意志だ」

あの人形は、ヒロインがクリアするシナリオのために用意されたもの。そのためにグイーダの器として、形を保っていたもの。それがなくなったのなら、その人形は本来の寿命を迎えるはずだ。

どれくらい前に作られたものかは分からないが、現代では完全に朽ちてなくなるほど古いもの……もしくは、この世界には本来存在しなかったもの。

シナリオのために無理矢理この世界にもたらされたものなのかもしれない。


「だがしかし、地上では今ある魂が消滅することはない」

だからこそ、神ではなくなったグイーダは、その魂を人間の肉体に納めて誕生するしかなかったのね……。


「地上ではな」

その時、裁神さまの影でユスティーさまがぼそりと呟く。つまり、地上ではないところ……冥府ではそうではないということか。


『でも……ぼくは神……神に戻ったんだ!さぁ、女神リュボーフィアに愛されし聖なる乙女・アンジュよ!聖なる力に目覚め、この邪神やレティシエラを完膚なきまでに消滅させてやれえええぇっ!!!』

そっか……グイーダが神に戻ったのなら、シナリオ通り、アンジュが聖なる魔力に目覚めて私たちを……。


しかし、その時だった。

グイーダの周りに、鳥かごのような金色の鉄格子が降りてきて、彼を閉じ込めたのだ。


『え……?何、これ、ぼくの神の力は?女神さまの聖なる加護で、聖なる力を……?え?何で、何でできないんだあぁぁっ!』

どうやら、あの鳥かごに囚われたからか。グイーダは力を使えないようだ。そしていつの間にか立ち上がっていたアンジュが叫ぶ。


「ちょっと、私の聖なる力はどこよ!?やっと神に返り咲いたくせに、何で寄越さないのよ!この……役立たず!!」

『そ……そんなぁ……っ』

アンジュに厳しい言葉を投げつけられたグイーダがへなへなと崩れ落ちる。

アンジュのグイーダへの態度も相変わらずだけど。


『こ……ここから、出せ!出せよぉっ!出してよぉ、女神さまぁっ!リュボーフィアさまぁっ!!』

女神がどこで何をしているのか、その声が届いているのか、まるで情報はないが、グイーダは女神に最後の命乞いをし始める。

だがそんなグイーダの前に、裁神さまが立ちはだかる。


「地上の人間は、生ある時は地上で裁かれ、冥府に下れば冥府の神判を受ける。されど神ならば、創世神の前で、神判を問われる」

それはかつて、ルディが受けた、神界の法廷か。

そうか……グイーダは自分自身で地雷を踏み抜いたのだ。人間の身であれば、生きている地上でその罪を問われた。だが神となったのならば、創世神の前で、裁神さまによる神判が下されるのだ。


「汝の神判は神界の法廷で問われる」

裁神さまがそう述べれば、その鳥かごははねあがるように天高く引き揚げられて行く。神界に向かったってことか。

これから、元神は裁かれる。女神一強ではなく、しっかりと裁神さまの力の元に、公正に。


「ちょっと……!あなた何してくれたのよ!元神はどこに行ったの!?私の聖なる力は!?」

アンジュがすかさず吠えるが、裁神さまは冷静沈着だ。


「本来、神界には生身を持つ人間は来られない。しかしながら汝は此度の世界の改変に大きく関わる。なればこそ、汝の傍聴を認めよう」

そう裁神さまが告げれば、アンジュはまるで魂が抜けたようにへなりと地面に横たわる。


「一体何が……」

「先に神界の法廷に魂が飛ばされたんだ」

ルディが教えてくれれば、裁神さまがこくんと頷く。


「さて、此度の件はレティシエラも当事者のひとり。レティシエラもまた、傍聴を認めよう」

私も……いいの……?


「さ、レティシエラ。行こう。神界の法廷は、祭壇から行けるんだ」

「分かったわ」

ルディにエスコートされながら、私は裁神さまとユスティーさまのあとに続き、裁神神殿の祭壇の間へとやって来た。


そこには、今まで見たことのない扉が顕現していた。


「裁神さまがお招きになれば、開かれる」

ルディがそう告げれば、門がゆっくりと開く。


「さて、行こうか」

「はい」

裁神さまに続き、私は恐る恐るその中へと脚を踏み入れた。


――――あれ、そう言えばどうして私は、実体のまま入ることができるの……?

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