第13話 襲来


神殿の朝と言うのは、どこもお掃除から始まるだろうか。

共にいるのは神々だから、その手腕は超常的なのだけど……。


人間の私の分も残してくれるから、ありがたいわね。


「次はこちらを」

「分かった」

そして戻れば、ルディが眷属神から何かを手渡されている。

それはとても古びた木簡のように思えるが。ルディがそれを受け取れば、すかさず木簡が輝き、文字がくっきり浮かび上がり、木簡の色も当時のもののように蘇る。ルディのもうひとつの力だ……。


私に気が付いたルディがこちらを見る。


「言っておくが、こう言うのは……裁神さまのものだから、やっているだけだ」

ルディは裁神さまに恩がある以上に、裁神さまが本当に好きなのだと分かる。


「ここには、裁神さまが記録してきた裁判やら判決やらの資料が大量にある」

「朽ち果てぬように神の力を込めてはいるが、それでも地上のもので作れば、このように劣化もしてしまう。通常は書き写し保管をするところ、これがあれば瞬時に復元できるのでな」

「だから1000年前の記録すら、霞んでいない」

ルディはここで、ずっと裁神さまの大切な記録を守って来たのね……。


「できれば冥府にも手伝いに来て欲しいところだが。あちらにも復元が必要なものは多いのでな」

「俺は半身がひとなんだよ。そんなところに下ったら肉体を失うだろうがっ!」

言われてみればそうである。あら……?でも待って。彼女ってもしかして……冥府の神さまなのかしら。


「以前はそれもよかろうと思っていたが……。今は違う」

彼女は私の方を向くとそっと微笑んでくれた。


「当たり前だ」

そう言うとルディは次の木簡を手に取り、復元作業を再開する。


「あの……」

その傍ら、気になったことを彼女に聞いてみたくなったのだ。


「冥府にも閻魔さま……いや、裁判を司る神がいるんですよね」

「あぁ、もちろんだ。私がそうだがな」

まさに、彼女が……。


「レティシエラ、冥府ではその司法神が最高権力者だ。つまりこれが冥界で一番偉い神ユスティーだ」

「これとは失礼な」

彼女がクスクスと微笑むが、その傍ら私は驚愕していた。

この世界の閻魔さまのような立場の神が、まさかの彼女だったなんて……!


「女神は私に対抗意識でも持っていたのかもな」

「同じ女神として……ですか?」

「そうだな……しかも私は冥府の最高神。裁神さまを引き入れようとしたのも私への対抗策か。冥府の神であることを蔑みながらも、彼女は一界を預かる私を羨んだのだろう」

何と言うか……今考えたら色々と残念な女神である。


「ほんと迷惑すぎんだろ」

「それももう暫しの辛抱だ」

それは一体……そう思った時だった。

外から何やら騒がしい声が聴こえたと思えば、武神さまが現れた。


「例のヒロインと元神が押し掛けて来たようだ。武器は持ってねぇからな。招かれるための資格は得たらしい」

アンジュとグイーダが……!?


「でも、招かれるための資格って……」

「裁神さまの赦しなく武器やその類いのものを持ち込まないこと。それさえ守れば、ここはどんな人間にも開かれた場所だ」

つまり、かつてここに、邪神の力を期待して乗り込んで来たやからも、武器を持ち込まなかったものならば、ここに来られたってことね。


そして、アンジュたちも……。


「どうする?お嬢さんや、裁神さまを邪神と呼び、出せと迫っているが」


今までならば、決してかなわないヒロイン・アンジュのチートに、諦めていただろうか。しかし、今は違うから。

それに、ルディたちもいるのだ。


「行きます」

迷いなく答えれば、ルディもこくんと頷いてくれる。


「一緒に行こう」

私はルディと共に、アンジュたちが騒いでいる、本殿の外へと繰り出した。


「出たわね、レティシエラ!おかしいと思っていたのよ。みんなの好感度が全部リセットされているし、イベントは全然起こらないし……あまつさえ、私、王太子殿下の進言で退学させられちゃったのよ!」

そりゃそうだ。アンジュのチートが効いていた時ならともかく、そうではないのなら、単なる不敬な行為。

いくら学園が身分不問とあっても、アンジュとグイーダの言動は酷すぎたのだろう。

もしくは……エドガー王太子たちにアタックするために、私を悪役だの何だの言って、エドガー王太子の怒りを買ったか……それが一番あり得そうね。


「うう……何でぼくまで」

グイーダも俯くが……そもそもグイーダは神でなくなったからと言って、無理矢理学生として潜り込んだんじゃない。


「ぼくが神だったら……アンジュの聖魔法を目覚めさせて、レティシエラも邪神の手下のお前も、邪神と一緒にまるごと滅ぼしてやったのに!」

グイーダがそう吠えれば、裁神さまを慕うルディが眉をひそめる。


「お前のようなただの人間が、裁神さまに手を出せると思うな!もちろんレティシエラにもだ」

そしてルディが怒気をあらわにすれば、グイーダが言い返す。


「うるさいうるさいうるさい!!ぼくは神だ!ぼくを神に戻せ!お前がぼくの本体を壊さなければ、ぼくは今頃……っ」

苦しげに告げるグイーダに、ルディも頑として退かない様子である。しかしその時、第三者の声が響く。


「そうか……お前はそんなに神に戻りたいのか」

そう告げたお方に、さすがのルディも退かざるを得ないようだった。


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