第11話 裁神神殿


ルディがまたどこからか調達してきた馬車に乗り、共にやって来たのは懐かしい場所。


「でも前はもっと鬱蒼とした森の中じゃなかったかしら」

こんな風に神殿の門が露出しているだなんて思わなかった。

何たって隠し神殿だもの。外からは分からないように隠してあったのだ。

それを見つけたアンジュたちは……やはりシナリオか何かのチートを使っていたのだろう。

私もここを見つけたのは、公爵家だけが持つ情報筋から何とか手に入れたからである。


「もう隠す必要はないからな」

そう、ルディが答える。邪神として、忌避されることもない。

裁神さまの力は、確かにこの世界で効力を発揮しているのだ。


「改めて見ると、やっぱり素敵なところね」

邪神の隠し神殿と聞くと、恐ろしげなものを想像しがちだが、ここはそんなこともなく、神聖で静謐な空間が広がっているのだ。


「やっと帰って来られたわ」

「そうだね。レティシエラ。2人っきりでここで幸せに暮らそう」

「ルディったら……2人っきりじゃないでしょ?裁神さまだって、ほかの信者たちもいるのに」

武神さまは神だったが、ほかにも……。


「邪神の隠れ家と言うのは、時折邪神信奉者が訪れることはあったよ。でもその邪神が司法神だと知ると、みな想像と違ったと去っていく」

邪神信奉者……単純に考えれば、破壊とか、世界侵略とか、犯罪とか、そう言ったことを願うのだろうか。

しかし司法神ならば、それらに関して公正な判決を下すことが仕事なのである。

因みに破壊に関してはルディの管轄だが、いたずらにそうさせないために、創世神はルディにひとの心を根付かせたのだ。

何より裁神さまを慕うルディが、司法神を讃えないものたちを相手にするとは思えない。


「ここに、司法神を拠り所にして居着いたのは……レティシエラだけだよ」

「……それは……」

不条理だらけの世界で、前世に司法と言う存在を知っていた私は、最後の頼みの綱だと思ったのだ。

私を悪役令嬢ではないとしてくれたのは、ルディや、ほかの信者たち、それから裁神さまである。

あれ……でも。


「なら、前のループで裁神さまに祈りを捧げていたのは一体……」

「祈りじゃない」

祈りじゃ……ない……?

私がお祈りをしている時、ルディや彼らも共にお祈りを捧げていると思っていた。しかしお祈りを捧げている時、私は目を閉じている。彼らは、ルディたちは、その時何をしていたのだろうか……?


「あれは……眷属としての忠義の礼だ」

つまりは、そう言うことだったのだ。


「彼らも……ルディと同じなの?」

「同じと言っては語弊がある。あれらは同じく裁神に跪くが、完全な神だ。女神が地上で偉ぶっていようが……裁判を司る神がいなければ、困る神だっている。例えば……冥府の神ユスティー」

うーん……前世の知識的に言えば、ひとの生前の罪をはかり、刑罰を与えるから……よね。

思えばそこら辺の知識すら、今までこの世界では触れて来なかった。

「女神は司法神を邪神とした以上、同じくひとを裁く性質のある冥府の裁判の話を出されては困る」

やはりこの世界の冥府も、単にひとが死んだら下る場所じゃない。あそこにも、裁判がある。

それが世界で広く知られれば、万が一邪神を司法神だと知ったものが、邪神=冥府の神とみなしては困るだろう。実際は別々の神なのだが。


「さ、レティシエラ、入って」

ルディが私を招けば、神殿の本殿の入り口で出迎えるものたちがいる。

前回は同じく信者だと思っていたが、そうではない。その黒いローブのような服は、まるで法衣にも見える。顔は面で隠してはいるが、今ならば、彼らがひとならざるものだと分かる。

裁神さまが力を取り戻したように、彼らも女神一強の力から解放されたのね。


そしてその中には……。


「武神さま」

やっぱりあなたもいらっしゃったのね。


「レティシエラ、彼らは裁神さまの眷属だから……ここにいるが、あまり目移りされると困る」

め、目移り!?そんなつもりじゃなかったのだけど。しかも武神さまがその言葉に吹いていた。


「あまり執着し過ぎて、お嬢さんから訴えられたら、負けるぞ」

裁神さまの公正な判決の下……と言うことだろうか。


「……っ」

ルディが悔しそうな表情を武神さまに向ける。何だかかわいく見えてきちゃったのだけど。それに……放っておけないような感じも……するのよね……?


「大丈夫よ。トイレやお風呂はひとりにしてもらえれば」

「トイレは……分かったが、風呂もか」

何でそこで躓くのよ。


「風呂にまでついてくるのは、裁神さまに訴えるまでもなく、殿方として失格だ」

その時、面の向こうから女性の声が響く。彼女は……前回は女性だったのだから、女神なのよね。尤も、世界を意のままに狂わせた女神とは違う、司法神の眷属神だ。

そして私の前で面を取った彼女は、闇色の髪に見覚えのある金色の瞳をしていた。


「良いな」

どこか凄みのある彼女の声に、ルディはびくんと肩を震わせると、小さく『分かった』と答えた。

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