第10話 食堂


――――午前中は色々とあったせいか、一気にお昼時まで来てしまった。

とは言え早めに食堂に入れたので、席はガラガラ。ルディと目立たない席を確保できたわけだが。


「ねぇ、今さらだけどあなた、カフェテリアでも普通に寛ぐのね」

学生は無料でメニューを注文できるカフェテリアだとはいえ、ルディは本当に構わず私と共にランチを食べている。


「学校……と言うシステムを最初に始めたのは誰だと思う?」

「神殿では女神リュボーフィアが知恵を授け、それを広めるために学校と言う組織が作られた……とされているわね。因みに平民は神殿版寺子屋のようなところで読み書きと計算を習うのよ」


「ふぅん?それまで自分の手柄にするたぁ、たまげたな」

「……その言い方じゃ……違うの?」


「そうだな。始まりは裁神ユーリスさまが下した判決を、裁神神殿で説いたことだ。そこからさまざまな神の神殿で、今で言う授業……のようなものが行われるようになった」

まさか最初すら裁神さまの手柄だったとは。


「勉強になるわね」

「生き証人だからな」

本当に……ルディは気の遠くなるような果てしなく長い時間を生きて来たのね。


「そしてその創始者の司祭なのだから、査察に来たっていいだろう?」

「司祭って……あなたはやっぱり司祭なのね」

「それこそ何百年と務めてる。1000年も生きていれば、段々とやることもなくなる。だから何もやることがない時は、ずっとずっとあの方の側にいる」

だからこそ、私は裁神さまの神殿でルディと出会えたのね。


「まぁ女神はとんでもないことをやらかしていたわけだが」

アンジュにゲームをクリアさせるために無理矢理世界をループさせるって言うね……。裁神さまを邪神としたこともそうだが。


「ループしている間も、ルディは裁神さまの元にいたのよね」

「そうだよ。女神がまた何かやらかしていたが、関わりたいわけでもないしな」

積極的に関わるのは嫌ってことだったのね。


「ならどうしてルディは、やり直しを頼んでくれたの?」

「……それは」

ルディが私の顔をじっと見つめる。


「レティシエラをあのまま失わせるのは酷だと思った。でもあの世界のままじゃ……何も変わらない」

一度改変されし続けた世界を糺さねば、ただ女神とグイーダのチートが生き、強制力が働き続ける世界となるから。


それを是としなかったのも、裁神さまの教え……なのかしらね。


「レティシエラ!」

こ、今度は何かしら。ぶしつけに私の名前を呼び捨てにするやからが、妙に多い。


「その男は誰なんだ!」

アンタこそ何なのよ。

現れたのは王太子の乳母兄弟の子爵令息リーヴル・カルツィだ。いや……今までのループで散々私を詰るわ怒鳴るわ、冤罪を突き付けてきたアンタにそんなことを言われる筋合いなんてないし……今までの記憶がないからって、子爵令息にそんなことを問われる筋合いはないわよ。

エドガー王太子の乳母兄弟とは言え、そんなに親しくするような関係でもない。

それともエドガー王太子の乳母兄弟だからと、自分にもその権利があると思っているの……?

そんなわけないじゃないの。


「あなたに答える必要はありません」

「だ、だからって……レティシエラはエドガー王太子殿下の婚約者なのだから……そんな見知らぬ男とランチを一緒にしないで、乳母兄弟の私とランチをとるべきだ」

いや、何なのよその滅茶苦茶な理屈は……。


「あなたとランチを一緒にする理由なんてないのよ」

何だか攻略対象たちが、妙に私に好感度をためてない?今までのループで散々ヘイトをぶつけてきた反動か何かかしら……?

それにエドガー王太子と……と言うのならともかく、何故たいした交流もない、エドガー王太子の乳母兄弟と……?意味が分からないのだけど。


「その通りだ。控えなさい。リーヴル」

その時、リーヴルの後ろから現れたのは……エドガー王太子だ。

あまり関わりたくはないのだが、しつこいリーヴルを遠ざけると言う意味では……悪くはないわよね。


「レティシエラは私の婚約者だ。何故お前との相席を認めねばなるまい?」

「そ……それは」

しどろもどろに俯くリーヴル。どうやら私がエドガー王太子以外とランチを共にしていることで、エドガー王太子を差し置いて共にランチを……と企んだらしい。

今までのループでは……そうだ、度々エドガー王太子を出し抜いてアンジュとイチャイチャしてたわね。その時はエドガー王太子とじゃれあっていたけれど……私を手にしたくて余裕のない今のエドガー王太子にはそれが通じないのね。


「去れ。不愉快だ」

この回の彼らの関係は、最悪である。まぁ今まで束になって私を責めて来た分、こうも決裂していると、笑いたくなるわね。


リーヴルが去ると、エドガー王太子は次にルディを見やる。


「君も去るといい。レティシエラは私の婚約者だ」


「エドガー王太子殿下」

しかし素早く立ち上がる。


「私はもう食べ終わりましたので。ランチはおひとりでどうぞ。行きましょう、ルディ」


「ま、待ってくれ、レティシエラ!」

「お昼、まだなのでしょう?」


「い……一緒に待っていてくれても……」

「私はもう食べ終わりましたので」

エドガー王太子となんて一緒にいたくはないもの。それに……あなたは待ってくれたことなんてなかった。学園で一緒にランチを食べてくれたこともない。エドガー王太子のために用意された席に相席していたのは、いつも……アンジュだった。私はこうして食堂の隅っこにいるしかなかったと言うのに。

今生は今までの記憶はないとはいえ、私の中にも、あなたの狂気とともに刷り込まれているのよ。


「行こうか、レティシエラ」

そうルディが私の腰に腕を回した瞬間、エドガー王太子が目の焦点が合わなくなったかのように狼狽する。もしかして学園を抜け出した時の、あの力……?でも、このままエドガー王太子から逃れられるのなら。


私はルディに導かれるようにして、学園の門の前までやって来ていた。


「さて、レティシエラ」

ルディがまるでテストの答え合わせのように私に向かい合う。


「レティシエラはまだここに、通いたい?」

私が学園で遭遇した事実は、まるでそれを問うための試練だったようにも思える。


「できることなら、とっとと逃げ出したいわ」

本当に、狂人やら突然私に執着してくるやつらやら。


そもそも私はここから逃げ出したかったのだ。けれど答え合わせのためにここに訪れた。しかしルディがその答え合わせを勧めなかったなら、きっと学園に未練が残っていたかもしれない。学園の人物たちに……ではない。前世の記憶があるからこそ、学園と言う響きにどうしても惹かれてしまうのだ。

まるでその惹かれる未練を断ち切るために、必要なことのように思える。


「裁神さまの講義だけは、心残りだけど」

もっと色々なことを教わりたかった。裁神さまのこと、ルディのこと、本当のこの世界のことを。


「それなら、うってつけの場所がある」

「そうだったわ」

そしてそこが、私の還る場所なのだ。

むしろ、今までのループでは、そこにしか私の居場所はなかったもの。だからこそ、大切な、宝物のような場所である。


「では、行こうか」

ルディが差し出した手に、自然と私の手が重なった。

やっと、未練も何もなく、あそこに還れるのね。


しかし、その時だった。


「レティシエラあぁぁぁっ!」

狂気を滲ませながら私の名前を呼んだのは……エドガー王太子だった。


「気配を隠遁していると言うのに……たいした執念だ」

まさか執念だけで、神の業に及ばんとしたの……?度重なるループで歪んでしまったエドガー王太子は、そこまで……。


「何で……何でその男なんだ!その男は誰だ!お前の婚約者は、この私のはずだろうっ!?」

エドガー王太子が目を血走らせて叫ぶ。


「違うわ。あなたは私の婚約者であってくれなかった」

「……は?何を言っている。私はずっと君の……」

本当に、何を言っているのか分からないわよね。だが、それが真実だ。たとえ彼が忘れていたとしても、私はそれを忘れることなんてできないから。


「でもルディなら、ずっと私の味方でいてくれるの」

そう、最後まで……ルディなら。

最初から私の味方で、前回の最期まで。そして今生も、これからも、ずっとずっと……特別な力を持つ半人の神は、女神やグイーダ、アンジュによって狂うことはない。私だけを見てくれる。私の味方でいてくれるから。

何度も裏切られて、断罪されて、ループした。だからこそ、ヒロインたちに踊らされることのない、ルディがいい。


「ごめんなさい。私はあなたを愛せないし、むしろ……そうね。もうあなたを信じられないの」

「そん……な……っ」

それでもエドガー王太子は私に手を伸ばそうとするが、ルディが私とエドガー王太子の間に入る。


「お前の……お前のせいだあぁぁっ!」

エドガー王太子がルディに掴みかかろうとするが、その手はいとも簡単に弾かれてしまう。


「お前にレティシエラは渡さない」

その宣告はひととしてではない。

まるで天啓のような不思議な力を帯びていた。




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