第9話 1000年の伝統剣術
――――武神祭。毎年世界中で開かれる武術の大会で、学園に通う生徒の中でも、武神祭に参加することを目標にしているものは多いのだが。
「武神祭ってーのは、今じゃ平和を愛する女神が、武勇を誇るものを武神として祝福する祭だが」
平和を愛するねぇ……私は全く平和じゃなかったわよ。ループばかりさせて、本当に意味が分からないわ。
「元々はアレの祭だな」
しかし、女神が勝手に命じた武神とは違う、本物の武神さまが示したのは、まさかのルディだったのだ。
「武神さまの祭じゃないの……?」
「正確にはアレが、俺に教えた祭だ」
武神さまは当然だと言わんばかりに笑う。
「お、おい……さっきから何の話を……」
アルクに目もくれない武神さまに、アルクが恐る恐る声をかける。きっと彼らが祀って来たのも、この武神さまではなく、女神が勝手に任命した武神の紛い物……単なる武神祭の手合わせで優勝したものたちだったのだろうか。
思えば、武神祭の優勝者だらけの家系よね。
武神祭は世界中で開かれ、大きな都市ならば、武術を嗜むものたちが腕を競い合うトーナメント試合も開かれる。
それも、彼らが優勝してきた一国の王都の試合ともなれば、最高の誉だろう。
思えば毎ループごとに優勝していたのは側近だわ。多分実力じゃなくて、女神が用意したチートなんでしょうけど。
「いつまでそこにいる。お前の手下どもは全て倒したぞ。まさか大将は敵前逃亡するわけでもあるまいな……?」
ルディの低い声が響く。
「ぼ、ぼくはカウス侯爵令息だから……その、お前とは戦う必要は……」
「武神祭ってーのは、昔々の乱世に生まれた祭だ。そしてこの祭が生まれて、乱世ってのが終わったんだ」
武神さまがそう告げる。この世界にもそう言う歴史があったのか。それでもその歴史が封殺されているのは、その時代を語るには武神さまを語らねば始まらないからなのだろうか。
「俺は武神。戦うための神だ。だからこそ、乱世ってのはうってつけなんだが、創世神の子は俺がやっていることは破壊行為であり、それは自分の領分だと言ってきた」
確かに……そうよね。戦うことで破壊もしているのなら。それに、破壊しない戦いだってあるのだから、それは武神だからと固有の権利になるわけではない。
「アレは半人とは言え、神すらも破壊できる。やらないのは単に、神を創るのは創世神の領分だからだ」
あれ……?てことは、勝手に武神を任じる女神のやっていることは、創造主に反逆するような行為ではなかろうか……?
「だが、その掟を破ってまで、このまま自分の領分をおかすのならば俺を破壊することも辞さないと言ってきやがった。アイツはアイツで、あの時はまだ、守りたいものがあったんだ」
裁神に罰せられる前はまだ、ルディも半身の同族のために尽くそうとしていたのね。
「だがしかし、それを通せば俺は存在意義がなくなってしまうと告げたら、アイツは自分が俺に買ったら、要求を呑めと言ってきた。結果はアイツの勝利だ」
武神にまで……勝利したの……!?
それならば紛い物の武神を騙って来たアルクやそれに従い卑怯な手を使う彼らには、決してかなわない存在であろう。
「そうして生まれたのが武神祭。相手を殺さず、1対1で公正に争う、試合だな」
確かに武神祭って、女神が都合良く改変した後も不思議とそうなのよね。
相手を殺すことは御法度、1対1が基本。複数でよってたかってひとりを……なんてことは禁じられている。そう考えれば、みなでよってたかって私を断罪することをよしとした女神がここにまで手を出さなくて本当に幸運だった。
まぁ、これがヒロインのために定められた『シナリオ』ならば、女神にも変えられなかったのかもしれないが。
「そしてその掟を破ったのならば、裁神からの裁きが待っている」
「ならば主の名代として、この者に裁きを与える権利を」
ルディがそう述べれば。
「許そう」
後ろから聴こえた声に、彼
「覚悟しろ。俺はお前のようなやつが一番嫌いだ……!」
ルディが地を蹴れば、瞬時にアルクの剣は弾き飛ばされ、ルディの剣薙ぎがアルクの腹を直撃し、思いっきり壁までぶっ飛ばした。
アルクは気絶しへなへなと倒れ伏す。
「お見事」
裁神の拍手が通りすぎれば、その場に既に武神さまと裁神の姿はなく、意識を保っているのは私とルディだけだ。
「カッコよかったわよ」
「あぁ、レティシエラ」
ルディが見せてくれたその笑顔は、今までで一番輝いて見えた。
しかしそんな感動も早々に、不協和音のような声が響く。
「ちょっと、イベントが起こるはずなのに、どうなっているのよ!?」
現れたのはもちろんアンジュとグイーダであった。
「きゃあぁぁっ!?どうして側近たちが倒れているの!?私とのイベントは!?さてはレティシエラ、アンタがやったのね!?」
倒したのはルディだが、そもそもちょっかいをかけてきたのはあちらなので、こちらは何にも悪くないはずなのだが。
そしてグイーダは、私を庇うように間に立ちはだかったルディの顔を見て、あっと声をあげる。
「お前は……ぼくを壊した半端者!神界から追放されたくせに!」
やはりグイーダの本体を壊したのはルディだったのね。しかしルディを半端者とは……自分はもうただの人間として生まれたのに、まだ彼は自分自身が神であるつもりなのだろうか。
「当然の裁きだろ」
ルディは一歩も怯むことなく、グイーダに相対する。
「ぼ、ぼくの本体を返せっ!返せええぇっ!」
グイーダがルディに掴みかかろうとした最中、グイーダを乱暴に押し寄せて、アンジュがルディの前に立つ。突然のことに元神が地面に打ち捨てられたまま目をぱちぱちさせている。
「あなた、気に入ったわ!攻略対象たちが見向きもしないんだもの!おかしいと思ってたのだけど、もしかして原作にはなかったモブを攻略する回ってこと!?つまり私はあなたを攻略するんだわ!」
この期に及んで何を言っているの!?これ以上あなたが攻略できるものなんてないわよ!
この回は、アンジュが女神の力でありとあらゆるチートをして壊れかかった世界をリセットした、本当に本当の最後の真実の世界だ。
この世界は、もうヒロインのものじゃない。
「はぁ?ふざけるな。俺にとって大事なのは、レティシエラだけだ」
そう言ってルディが私を抱き寄せてくれる。
「ちょ……何を言っているの!?その女は悪女よ!悪役令嬢なの!騙されてはいけないわ!」
「黙れ。レティシエラがどんな子なのか、そんなことくらい、 十分に知ってる。お前が勝手な都合でレティシエラを何度も苦しめて、断罪してきたこともな」
ルディが力強くそう述べ、ヒロインを突き放す。
「な、何よ!何なのよ!まるで私が悪いみたいじゃない!私はただ、ゲームを攻略しただけだわ!レティシエラは断罪されるべきポジションなのよ!断罪して何が悪いのよ!」
何も悪いことをしていないのに、ゲームのシナリオだからと、何度も断罪されるだなんて冗談じゃないわよ。
ここはゲームじゃない。現実だ。
元神や女神のチートを借りて、ゲーム通りに何度も世界を巻き戻すなんてことすら、やってはならないことだった。
「話にならないな」
ルディが冷たく吐き捨てれば、アンジュが涙ぐむ仕草をして、うぇ~ん、うぇ~んと泣き始める。
本当に……泣けば自分のターンが来ると思っているのね。
「行こうか、レティシエラ」
しかしルディは構わず私の肩に腕を回して立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってよ!」
ヒロインが伸ばした手を、ルディはお構い無しに叩き落とす。
その行為にアンジュは完全に意味が分からないとばかりに目を白黒させるが、ルディは放っておこうと微笑むと、私をエスコートしながらその場を後にした。後ろからえ~んえ~んとわざとらしい泣き真似が聴こえたが、私たちはもう、アンジュを振り返ることはなかった。
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