第20話 企業秘密
二日後の夕方、丘頭警部から途中経過だと言って状況の報告があった。
「皆月に才川を尾行する男の写真見せたのよ。そしたらその中のひとりを指さして『こいつ奈糸総合商事の幸手だ』と言ったので、どうして知ってるのか訊いたら媒体を渡した相手だったのよ。それで当人が行方不明なので指名手配したの、できたら美紗に探して欲しい」
「分かった。そいつがあの靴の購入者なのか?」
「それ一心に調査依頼したよね。そう言えば結果聞いてないな」
「あれ、見つかったはず、ちょっと待って、今静に訊いてみる」
一心はスマホを置いて事務所の奥にいる静を呼ぶ。
「へい、呼んだかいな?」
「おぅ、スニーカーの調査どうなった?」
「へぇ調べ終えて購入者の一覧作ったけど、行員はんはおらへんかったえ」
「そのリスト見てくれ」
静が部屋へ戻って、手にリストを持ってくる。
「ちょっと見せて……」
静からリストを貰って幸手の名前を探す。
「あー有るわ。警部あるぞ、幸手雄星(さって・ゆうせい)の名前が載ってるぞ、住所は調布市調布が丘になってるぞ」
「ありがと、誰かにそのリスト貰いに行かせるわ。私、このままその会社へ行って事情聴いてくるから」
「リストは届けさせるから良いよ。それよりそいつ掴まえろよ。才川さんの仇だ!」
一心は喋りながら傍に居た一助にリストを署へ持ってけと目顔で指示した。
「ありがと、これで家宅捜査も出来る。何処までも追っかけて絶対に逃さないわよ。それと阿久田が首謀者で、奈糸との買取交渉を行ったのも自分だと吐いたわ」
「才川殺しは何かを捕まれたからか?」
「えぇ、一月三日の日に不審なアクセスを発見し皆月主査に確認したら、稼働前の試験運転だと言われたんだけど今一納得できずに椎名監査部長にその旨を伝えたら、椎名が自分に任せろと言って専務にそのまま報告したようなの。その後、皆月が行方不明になったのは、一月三日の事が関係してると椎名に訴えシステム部への特別監査が必要だと言ったらしい。それからしばらくして鈴子が刺殺されたのよ」
「そう言うことか、悔しいな」
それから二日して丘頭警部から電話が入った。
「奈糸総合商事に家宅捜査に入って、媒体ひとつ見つけたわ。それとその情報の売却先の一覧も見つかったからそっちへも捜査の手を伸ばして根こそぎ摘発するわよ」
「おぅ、やるな。そこまでやらないと詐欺の被害を防げないもんな」一心が答える。
「えぇ、そう言う意味でも皆月の自首が大きかった。そうさせたあんたにも感謝してるわ」
「こっちも、まだ、心中事件に二件の自殺偽装事件と水死事件が残ってるから全力で調査続けるな」
「えぇお互い頑張りましょう」
*
能登頭取は緊急取締役会を招集した。
冒頭、阿久田専務、故豪林取締役と椎名監査部長、皆月システム部主査、下高システム部員による顧客データ一千万件の窃盗事件を話した。
そして「その五人のふとどきものがくだらん犯罪を企てたお陰で、当行の才川鈴子、横里駿太、豪林富次のほか、子会社の海道彰に鍵製造会社の若い社員までもが命を落とした。残念と言うしかない。当行の顧客にも多大な迷惑を掛けてしまった事謝罪の言葉も無い。しかし、現在、買取業者から情報を買った先を警察が捜査し、詐欺被害の拡大を防ぐよう努力してくれていると聞く、徹底した捜査を願うばかりだ」
ここで能登は言葉を切ってメンバーを見渡すと誰もが眉間に皺を寄せ困ったような顔をしている。
だが、こいつらは他人事だと思っているに違いない。腹の中は専務や取締役の空席を自分のものにするために策略を考えているような顔に見えてしまう。
「この事件は組織的に行われた犯罪と言われても仕方のない状況にある。その認識のもと今後の対応策を検討して欲しい」
能登は静かに言った。
「頭取、組織的と言っても今仰られた五名の犯行であるなら、そのメンバーによる個人的な犯行と言えるんじゃないですか?」
加苅常務が口を尖らせて言う。
能登の思った通りだ、自分は関係ないから専務の席は自分のものだと主張したいようだ。
「認識が甘いのう。監査部長がグルで、監査部員は部長に指摘しただけに留まっている。またシステム主査は行員の行動を監督する立場だ。つまりふたつの部はこの犯罪に対して防犯の意味ではまったく機能していない。
仮に、不正がシステム担当取締役に報告されたとしてももみ消される。わしも当行の顧客データ管理は万全と思っていたがだ、あっさりとやられてしまった。業務執行役員も同じだ。システム担当役員も何の役にも立たなかった」
「それはそうですが、だからと言って、組織的とは大袈裟過ぎませんか?」
佐苅部取締役が強い口調で言う。
「佐苅部くん、君はその名の通り『さかり』がついてるようだが、経済産業省国際経済課長の伊那秋穂とは別れたのかね」
能登がにやりとして言うと周りで失笑が起きる。
「それは、まだ……それは今回の事件に無関係です」
「自分の身を律することも出来ない奴が偉そうに言うな! 良いか、組織的と感じるのはあんたがたじゃない、世間だよ、金融庁だよ、そう言う立場であんたは言ってるのか? 自分は関係ないと言いたいがためにそんな主張をしてるんじゃないか?」
「頭取は我々にも責任があると?」
「あんたは一行員か? ならこの場に必要ない。退席しなさい!」能登は発言した取締役を睨みつけて怒鳴る。
「言っとくが、詐欺被害者への補償。百万先を超える方々への謝罪と慰謝料など数百億円に上る計上が必要になることも想定される。これは顧問弁護士の話だ。良いか、単なる一事件が起きましたじゃないんだぞ。経営に重大問題が発生していると言うことなんだ。それがどうして取締役の責任にならないんだ! お前言ってみろ!」
「……」
「広報部に記者会見を用意させてくれ。わしが直接謝罪する。それとすぐできる謝罪の意志表示として業務執行役員以上、わしを含めて今月以降の給与と報酬の百パーセントを減額する懲戒処分を実施する。そして次回株式総会までに再発防止策を決定しその場で発表する。それをわしの最後の仕事とする。株主総会を開いて取締役は全員辞任だ。新頭取は既にお願いしていて金融庁から来てもらう事になっている。取締役の半数は行外から来てもらいたいと考えている。残りは行員を考えているが、現業務執行役員から選ぶとは限らない。反対する者はこの場で発言するように、陰で言うものはその処遇を考えることにする」
「頭取、業務執行役員まで無給と言う処分は行き過ぎでは?」
「常務の意見は分かるが、この場に参加するという事は、経営に参加するという事なんだ。取締役会が責任を取ると言う銀行の姿勢を世間に見せないと信頼回復は無いと考えているんだよ。だから、そうすることにした
分かってもらえたか?」
「はい、執行役員の方々は良いのか。意見を聞いてくれるのが能登頭取だ。恥ずることはないし遠慮もいらない」
「……」
「じゃ、取締役会の全員の一致した意見として発表する」
次の日の朝、能登が自宅で朝食を取りながらテレビを見ていて驚いた。
取締役会の会話の内容が漏れていたようだった。
能登の謝罪の意志などがスキャンダルを得意とする週刊誌の情報として伝えられていた。
ただその中で、不倫の話を個人名を隠しながらも、A専務は本店の亡くなったS行員と、S取締役は経済産業省のI国際経済課長などとイニシャルと役職名で書かれ、個人を特定できる内容だった。
「これはまた朝から報道記者らがうるさいぞ」
妻にそう言いながら迎えの車に乗るため玄関を開けた途端に、フラッシュとカメラとマイクに囲まれ汗を掻きながら車に乗る羽目になった。
頭取室に入りコーヒーを啜りながら、応接室に移動してテレビをつけると、経済産業省にも多くの報道関係者が群がっている。その後画面が切り替わって新宿支店が写し出され、記者が支店長に話を聞きたいと叫んでいる。
能登は席に戻って、どういう奴が会議の情報を漏らしたのか考える。
単に不倫している輩を虐めるためのような気もするが、……もしかして、その事を騒ぎとして大きく取沙汰し取締役や執行役員を辞任に追い込んで自身が昇進することを意図しているかもしれないとも考えた。
それで探偵に電話を入れて、会議室に盗聴器がないか調べてもらう事にし人事部に伝えておく。
夕方、探偵が調べに来てくれた。
三十分ほどして報告に来た探偵は「機械で探して、目でも見たんですが盗聴器はありませんでした。ほかの手段で情報を漏らしたんじゃないかな」
そう言う結論だった。
参加者が口頭で言った事なら調べようがないと思って探偵さんに礼を言って帰ってもらうしかなかった。
「能登さん、色々あり過ぎて大変でしょうが、俺ら岡引一家が応援しますから頑張って下さい」
ありがたい言葉を残して探偵さんは帰って行った。
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