第18話 謎のトリック

 一心は家族と邦日銀行の騒ぎの話で盛り上がっていた。

そこへ「団子食べないかー」丘頭警部が事務所に来た。

挨拶代わりの差し入れだが、こういう時は大体何か一心に頼みごとがある。

「ありがとな。で、何さ頼み事は?」一心が訊く。

「あら、どうして分かった?」

「警部、頼みごとない時は手ぶらで来るからな」

「えーっ、そんなこと無いわよ。ねぇ静……」

「へっ、え、えぇそうどんなぁ」

「ほうらみろ、静が返事に困ってんじゃん」

「ばれたらしゃーない。頼むか」

「いや、俺は別に頼まれなくても良いんだぞ」

「鍵屋の新宮結斗が自殺した件なんだけどさ。事件の時にあんたに密室のトリック考えてって言ったよね」

丘頭警部は一心の言葉を無視して喋り始めた。

「えっ、そんなことあったか?」

「まぁ良いわ。テレビがつけっぱなしで、ナイフを腹に刺してからさらにその刃先を心臓方向にさらに刺し込んでるのよ。一般人が自殺するのにそこまでやった事例はないし、相当な意志が無ければできないことなのよ。切腹でも大抵は表面しか切れないのよ、内臓がはみ出るくらいまで切るには相応の覚悟と強固な意志が必要なことくらい知ってるでしょう。それと同じ」

「それで警察は他殺と断定したんだけど、密室の謎を解かない限り他殺とは言い切れない。そう言う事か」

「もっと言えば、台所に置いてあった洗った後のコーヒーカップに指紋がひとつもついてなかったのよ」

「洗ったから、指紋も綺麗に洗い流したんじゃないのか?」

「ふふっ、でもさ、洗った後拭くときに指紋がつくでしょう」

「おぉそりゃそうだ。グラスだったら指紋が見えるから気を付けることはあるが、コーヒーカップまでそんなことしないよな」

「えぇ、ちなみに、食器棚に並んでいる食器には本人の指紋がついてたわ」

「なる、それも他殺の証拠だってことか……でもよ、鍵は全部室内にあったんだろ?」

「えぇ、ドアのメーカーと設置業者にまで確認を入れたけど、三本あるはずの鍵はみな室内にあった」

「玄関とその部屋の間にドアが二か所にあって両方とも閉まってたから、外へ出て鍵を掛けてからその鍵を室内へ入れるのは無理なのよ」

「ふーん。じゃ、その家へ行ってみるか」

面白そうだからと言って美紗と数馬もついてきた。

 

 杉並区西永福駅近くにその家はある。

「道路の監視カメラとかは?」

「えぇ付近の五カ所のカメラに写ってた人は皆確認とれてる。怪しい人物は写って無かった。ただ、駅から監視カメラに写らないようにその家まで行けるのよ。犯人はその辺に詳しいのかもしれないわね」

「ここよ」警部が指さす家は玄関横に半地下の車庫がある二階建ての戸建て住宅だ。

階段を五段上がって玄関がある。

鍵を開けて中へ入るとすぐガラス戸があってその先に廊下が奥まで伸びている。

ガラス戸を通ってすぐの開き戸を開けるとそこがリビングになっている。新宮はその部屋のソファで死んでいた。

「なるほどな、この開き戸と引き戸が閉まってたなら外から鍵を部屋に置くのは無理だな」

「二階も全部施錠されてたのか?」美紗が玄関を入って直ぐの所にある階段を見上げながら言う。

「えぇ全部閉まってたわ。確認済みよ」

一階にはそのリビングの隣に書斎があって奥に寝室がある。

廊下の向いにはダイニングキッチンがあって奥にトイレと風呂が並んでいる。

二階を見てきた美紗が「二階は八畳くらいの部屋がふたつとトイレに洗面所があるだけだな」

「キッチンの床に取っ手があるけどなんだ?」数馬が訊いた。

「あぁそれ床下収納よ。確か、米とか野菜類が入ってた思う」

「うわーくせーっ、野菜腐ってんじゃん。捨てろや」数馬がその中を覗いたのだろう悲鳴をあげた。

一心も「どれどれ」見に行くと確かに臭い。

「どっかにゴミ袋ないか?」

全員でキッチン内を探す。大きめのゴミ袋に臭いのもとを全部突っ込んで口を閉じてから指定のゴミ袋に入れて玄関に出しておく。

それでも収納庫に臭いが付いてるようなので、「美紗ここちょっと雑巾で拭いてくれないか?」

美紗の返事の前に警部が雑巾を持って来てそこを拭き始めた。

「あれっ? どうして……」と、警部。

「ん? どうした警部」

「いや、ほれ、このへりに土が付いてるでしょう……」

「野菜についてた土じゃないのか?」

「それにここ、擦った跡がある」そう言って警部が収納箱を持ち上げようとする。

「ちょっと手伝って、重たい」

数馬と美紗も加わって引き上げる。

ぽっかり空いたあなから覗き込むと一メートルほど下に地面が見えた。

「はぁこうなってんだ」

一心が上半身を突っ込んで指先で土を掴む。

その土は湿り気があって、床下収納のヘリに付着していた土と同じかは判断できなかった。

「床下へ逃げても外へは出られないでしょう」警部が言う。

その後、各部屋の窓枠ごと外れないかを確認して回ったがダメだった。

美紗が全室を録画して事務所で見直すと言う。

一時間以上見て回ったが、密室の謎は謎のままだった。

外へ出て確認のため車庫のシャッターを開けてみた。

車が一台入っている。

他に出入口は無かったが、ふと換気口に気付いた。

幅五十センチ高さ三十センチほどだろうか。

「警部、この換気口は縁の下に繋がってんのか?」

「多分そうじゃないかな」

「えっ、そいじゃ、床下収納と繋がってる?」数馬が言って慌てて換気口の金網を引っ張ってみる。

びくともしない。

「固定されてんのかな?」

「引いてもダメなら押してみなってな」一心がそう言いながら押してみる。が、ダメ。

「どれどれ」警部が今度は持ち上げる。

僅かに持ち上がって手前に外れた。

「おーっ、やったーっ。数馬、入ってみな」

「えーーっ! 俺?」

「あー犯人は男だろうから、お前も通り抜けれるはずだ」

一心は自分が入りたくないので口から出まかせに言った。

数馬が車に足を乗せようとしたところで「ちょっと待って」警部の静止が入った。

「どうした?」

「いや、車の窓枠に下足痕があったのよ。なんでそんなとこにと思ったんだけど、数馬のやることを見てて分かったのよ。だから、そこの土の汚れを踏まないように上がって、鑑識にもう一度そこの下足痕取らせるから」

「数馬、中に人がほふく前進でもしたような跡見えないか?」

「懐中電灯ないか?」

「俺持ってる」美紗がバッグからそれを出す。

「どうしてお前そんなの持ってんの?」

「へへへ、女性の身嗜み」と訳の分からんことを言う。

「おーあるわ。ひとが通ってる」

「ちょっとそのまま、待っててくれ、床下収納を開けるから」

警部にもう一度ドアを開けて貰いキッチンへ。

収納箱を警部に手伝ってもらって引っ張り上げる。

「どうだ、数馬、ここが見えるか?」頭を穴に突っ込んで叫ぶ。

「あぁ、見えるそんなに遠くない五メートルってとこかな。そこへ向かって引きずった跡が続いてるぜ」

「警部、密室の謎、解けたな」

「えぇ、ありがとう。さすが岡引探偵一家ね。あとは鑑識に任せて、帰りましょう。お腹空いたから事務所で十和ちゃんとこのラーメンでもご馳走するわ」

「あっ、そう言えば、床下収納あったけど、それ以外に点検口もあるんじゃないか? そっちの方が出入りは楽だぞ」一心が気付いて言う。

「そう言えばそうね、でも、あそこに土ついてたし……良いわよ、いずれにしろ後は私らに任せてよ」

 

 事務所に戻ると、一助が恋人と一緒に帰っていた。

早速、ラーメンの出前を頼む。丘頭警部の奢りで七人前だ。

四十分くらい雑談をしていると階下から「まいどーでーす」と叫ぶ十和ちゃんの声がした。

数馬と一助はすかさず岡持ちを受取に階段を駆け下りる。

 久しぶりに見る十和ちゃんは随分大人になったように見える。もっとも二十代も半ばを過ぎたから当たり前なのだが、「十和ちゃんなんか綺麗になったんじゃないか? 恋人でもできたか?」

からかい半分に一心が言う。

「一緒に遊びに行ってる友達はいます」笑顔で言う十和ちゃんは幸せそうにも見える。

昔、十和ちゃんは身内の事件に巻込まれ辛い思いをしている。それで彼女の幸せは家族全員の願いでもあるのだ。

「そっか、ずっと仲良くできたらいいな」

一心が言うと十和ちゃんはにこりとして頷き階段を駆け下りて行った。

 

「で、一助の調査はどうだった?」

「あぁ、楽しかった」

「ばか、そうじゃないだろう。仕事の方だ!」

「ははは、上手くいったと言うか、……」一助がはっきり言わない。

「事前に調べていた時刻に室蘭から大沼温泉まで行けました。ただ、正確に言うと五分時間が足りませんでした」

そう言ったのは三条路彩香、一助の恋人だった。

「五分?」一心が訊き返す。

「はい、先ず、森駅から大沼温泉のホテルまではタクシーだと三十分前後かかるので、午後五時頃に着くには午後四時半に森港を出ないと間に合わないんです。その時刻は特急列車の発車時刻なので、つまり特急に乗らなければ間に合わないと言う結論になりました」

「ほう、なるほどね。意外に森から時間が掛かるんだな」

「はい、で、特急に乗るためにはモーターボートで行くしかないのですが、乗り降りに時間が必要で四十五分掛かる計算になるんです。森港から森駅までタクシーで五分ほどなので、逆算すると室蘭港発は午後三時四十分より早くなければ間に合いません」

彩香の説明に一助が続く。

「ところが、三時二十八分にホテルのレストランで清算し急いでホテルからタクシーを飛ばしても、港に着くのは四十五分なんだよな」

「はぁ、それで五分って彩香ちゃんが言ったのか……」一心は得心がいった。

「それと、モーターボートやクルーザーの需要が多くて、一日十件程あって氏名は書くのですが、それが本名かどうかを確認してはいないそうです」

一助がその一覧表をテーブルに置いたので一心が目を通す。知った名前は無かった。

「そうか、その名簿の先に一応電話するか行くかして確認してくれ」

「あぁ、彩香と一緒に電話かけて繋がんないとこの近間は直接行って、遠方は葉書出してみる」

「おぉそうしてくれ。彩香ちゃん悪いが頼むな」

「はい、ラーメンをご馳走になったのでその分働きます。ふふっ」

「一心、今ここにいる七人で手分けしたらひとり三件くらいで済むから、電話やっちゃおうよ」

丘頭警部はやけに積極的だ。

「そうだな、次々やることあるからやっちゃうか」

一心がそう言ってリストに三件ずつ仕切って、担当する氏名を書いてゆく。

「じゃ、みんなこれ見て自分の担当する相手に電話かけてくれ」

「はいよっ」美紗がすばやくスマホを手にダイヤルを始めた。

 

 三十分もかからず一件を残して連絡がついた。

「この山田陽介と言う奴だけだな。こいつが海道彰なんじゃないか?」数馬が言った。

「まぁ可能性はあるわね。でも、映像無いんでしょ?」

丘頭警部が腕組みをして一助と彩香に視線を走らせる。

「はい、監視カメラはついてませんでしたので……」彩香が答えた。

「じゃ、このリスト貰っていって筆跡鑑定してみるわ」丘頭警部はそう言って帰って行った。

そして夜遅くになって、丘頭警部から山田陽介と名乗った人物が海道彰だったと言う鑑定結果の報告を受けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る