第10話 報道というもの

 十月も末近くになって「一心、やっと鍵屋と一緒にいた関係者見つけたぞ」

美紗がそう言って写真を事務所のテーブルに置いた。

「あっ、そう言えば、一心の考えたホテルの部屋のトリックはやってみたのか?」

「あぁ、丘頭警部に付き合って貰ってやってみたが、失敗だったじゃ。やっぱ、カーブを描くような位置にドアの外から鍵を置くと言うのは無理だとわかったよ……」と一心が言うと、「ベッドの足にテングスが引っかかって失敗か?」と美紗。

「どうして分かった?」

「考えて見たってそこに引っかかるってわかるだろう」美紗の厳しい一言で一心は谷底に落とされてしまった。

「何事、経験だ」一心はそう言って失敗を誤魔化し、写真に目をやると写っていたのは海道彰だった。日付は八月十日と十二日の二回。場所は邦日銀行の駐車場だった。

「一回目は鍵渡してるとこかな?」一心が訊く。

「あぁこれがその拡大写真」美紗がそう言ってテーブルに置いた写真は手元を拡大したものだった。

「おー確かに鍵の形に見えるな。原本を渡したんだな」

「だろう。でこっちは二回目の拡大写真」

美紗が続いてテーブルに置いた写真、今度は逆に何かを鍵屋が海道に渡している。

静も隣に座ってじっと写真を見る。

「えっだけど海道は杉田を殺してはいない。アリバイを警察が確認してるってことは海道が誰かに殺害を依頼したってことか?」一心の頭に新たな疑問が浮いた。

「そうなる。けど、海道の依頼を受けそうな行員はいないんだろう?」

「まずいないな。金で殺人を頼んだか……いや、しかしなぁそんなやばい事するかな?」

一心にはその点が理解できない。殺し屋をどうやって探したのかと言う大きな問題がある。

「せやけど、今の世の中闇サイトとか仰山あるんやないかいな?」

静はそう言うが、サイトでどれだけまともな殺し屋が見つかるか……。

「高額バイトとか謳えば応募はあるだろうが、素人だと後が怖い。すぐ逮捕されて、闇サイトから足がつく心配がある」一心が言うと、「それによ、依頼者が脅迫される心配もある」と、美紗が続いた。

「俺は、海道にそんな度胸があると思えないんだよなぁ」

「そやなぁ、そや海道彰はんの交友関係調べたらどないです? そう言う事に長けたおひとがおるかもしらへんやろ?」

「あぁ俺もその意見に賛成だぜ、そこ調べてないからな。数馬らの出番だな」

美紗が一心に視線を走らせながら言った。

「あぁそれも必要だな。だが、もっと重要なことがある」

「えっ、なんだ一心」美紗が首を傾げる。静も腕組みして思案顔だ。

「ふふ、海道彰がどうして鍵の作成を新宮に頼めたのかだ。ふたりは同い年だから、過去に繋がりがあったのか? 俺は、写真の新宮の表情がいやいやって顔してるように感じるんだ」

「何っ! ってことは、海道が新宮の弱みに付け込んで脅したってことか?」

「ふふっ、そう言う可能性もあると思うんだ」

「さすがやわ、あての旦那はんだけのことはおまんな」

「よし、ふたりを呼んでくれ」

 

一心の指示で数馬と一助が事務所を後にしたその後、丘頭警部から才川鈴子殺害事件について情報を得た。

殺害された時に才川の右手の甲に踏みつけられた足跡が残っていて、それが有名ブランドのスニーカーの特徴ある靴底だと判明したと言う。

「鑑識が、足跡の角が綺麗に残されているから、新しいものだと言うのよ。精々一年以内のものらしいわ。ただねぇ、一年て言われてもねぇ……」

丘頭警部が歯切れ悪く言うので「もしかして、手が回らないのか?」

一心が訊いてみる。

「あら、分かる。さすがねぇ、で、頼めるの?」大して悪そうに思ってなさそうな声で丘頭警部が言う。

「あっ、あぁ、しゃーない、何件あるのよ」

「百件ほどよ。今、メールで氏名、住所、電話の一覧送ったから、よろしく」

そう言って通話を切られてしまった。

子供らにはあれこれ作業させているから、一心と静でやるしかないと思い静に声をかけた。

一心が七十軒余りを受け持ち、静には三十軒ほどを頼んだ。

「ほな、急いで用意しますな」

「行く先ばらばらだから俺先に行くぞ」一心が声を掛けると「待っとくれやす。駅まで一緒に行きまひょ」

そう言われたらしょうがない、待つ。

 

 結局、予想通り一時間待たされて午後三時過ぎ漸く事務所を出ることができた。

静はよそ行きの着物に若々しい色の帯。どっかの奥様的雰囲気を醸し出しているが、一心と言えばどっかの中年おっさん。全然バランスは取れてないが静は嬉しそうに腕を組んで歩く。

そうする笑顔の静を見るのは悪くない気分だ。

駅の近くまで歩いてから「で、静は最初何処へ行くんだ?」

「へっ、どこて?」静がきょとんとする。

「静、スニーカーの購入者に会いに行って靴底と九月六日のアリバイを確認するんだろう?」

「あっそうどしたな。忘れてもうた。リスト持ってきぃへんかったから戻りますわ」

「いやいや、俺のスマホに入ってるから、送っちゃるからそれ見て……メモ用紙は持ってるか?」

「いえーあんはん今時メモ用紙やなんて言わんといて、スマホのメモ機能使いますがな、ふふふ」

静がリスト忘れてるから親切心で言ったのにとやや不満もあったが、静のやることだ端から抜けのあるのはしゃーない。

「リスト着いたろ。じゃ、俺、品川方面行くからな」片手を上げホームに向かおうとする。

「へぇ、でも、寂しおすなぁ。一緒に行ったらあきまへんやろか?」

寂し気に眉を下げる静を見ると心を突き上げるのもがあってついつい「そうだな、一緒に回るか」

言ってしまってから後悔する一心だったが嬉しそうにする静の顔にはどう抗っても叶わない。

それから静とデートする日々が続く。

 

 他方、荒川で海道彰が水死した事件でボートの話が出てから美紗に行員の中でボートを所有している人物がいないかを探させていた。

一心が中野区のレストランで静と昼を取っていると美紗が結果が出たと連絡してきた。

行員及び取締役でボートを所有してたのは五名だった。

頭取を始め専務に常務と海道取締役のほか人事部長が親名義で所有していたようだ。

一心は即丘頭警部に報告し鑑識にボートを調査するよう促した。

 

 

 連日邦日銀行で起きている事件を報道各局は取上げていて、繰り返し行員にマイクが向けられていた。

その日は朝の八時過ぎから正面玄関前に広報担当者らしい行員が拡声器を報道関係者に向けて叫んでいた。

テレビでその様子が写し出され「……当行で記者会見を開きますので、行員へのインタビューは控えてください……」一心にはそんな内容のように聞こえた。

そしてチラシを報道関係者らしい人々に配っている。

入手したアナウンサーがそれを読み上げている。

 国営テレビでは、七月の心中事件に始まった一連の事件について、専門家と称して元検事を登場させ「警察が心中や自殺と言う明確な言葉を使って発表をしておらず、いまだに他殺の線を捨てきれないでいる」

その元検事は冒頭そう言って司会者に「じゃ、その二件も他殺で、連続殺人の可能性があると言う事でしょうか?」と質問するよう誘導している。

そこで元検事は待ってましたとばかりに「過去にひとつの銀行でも一般の会社でもこう連続して事件が発生したことはない事、加えて、夫々の動機も絞り切れていない事、その銀行が今、顧客情報の漏洩の疑いで世間を騒がせている事などを元に自分の経験から連続殺人である可能性があると思います」

「えっ、それは間違いないでしょうか?」

その司会者の言葉を聞いて元検事はにやりとして「いえいえ、断定をするだけの情報を警察は公表していませんので、あくまで可能性があると申し上げただけです」

「連続殺人と考えた場合、どのような動機によるとお考えですか?」

一心が聞いていると何か台本を読んでいるように感じる。

静にそう言うと「せやなぁ、あても台詞のように思えてな、これも視聴率稼ぎの手段やないか思ぉとりました」

「俺は連続殺人じゃないと思うんだ。全部にアリバイのない行員関係者がいないからな。それに動機は男女関係と漏洩問題の少なくても二つはあると思うんだ。それに事件はもう一つ皆月の行方不明事件があるだろう?」

「そやな、で、元検事はんはなんて言っとんたんかいな?」

静に聞かれた時にはすでに喋り終えて、司会者が「当番組では今後もこの事件の取材を続け真相解明に務めたいと思います」

「何言ってんだか、真相解明がどうして行員の聞き取りとスタジオの会話で出来るんだ!」一心は苛立って言った。

「せやかて、しようおまへんやろ。報道機関は探偵や警察やないさかい、視聴率上げるために最大限の努力をする。そう言うことやおまへんか。そないにテレビにごてらんかて……ふふふ」

静に言われ大人げなかったと頭を掻いた。

 

 翌日行われた邦日銀行の記者会見は銀行への漏洩疑惑を深め、信頼性に欠けるものだった。

テレビの解説者も「『行内のすべてを調査した結果、事件事故の原因は当行内には存在しないことがはっきりした。従って、個人的な問題だと明言できます』と述べた邦日銀行の説明を、警察でさえ明言できない動機をいとも簡単に言い切るなど好い加減なものだとしか言いようがない」と一刀両断にした。

続いて「漏洩は頭から有り得ないと言うが、何をどう調べたのか根拠を全く示さず、これもまた好い加減でしかない」と断言しきった。

その後、銀行の記者会見に対する批判などがSNSなどで大量に流され、騒ぎを鎮めようとして開いた記者会見が裏目に出てしまったようだ。

 

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